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2 Smoke get in your eyes〜煙が目に滲みる〜-2
Jは軍の時の仲間を頼りニューオリンズへ、それからマイアミ、ハノーバーと流れた。
Jがハノーバーに辿り着いた時、養父の管財人と名乗る男がJを探し当て、彼に銀行の貸金庫の鍵と旧式だが性能の良いスナイパーライフルを手渡した。
Jは一瞬息を呑み、目の前の銀縁眼鏡の男に尋ねた。
「オヤジは死んだのか?」
管財人がと名乗った男は無言で静かに頷いた。
「交通事故でした。運転していた車にトラックが突っ込んで、即死でした。……犯人は逃亡しましたが、……翌日死体で見つかりました」
ーー消されたのか……ーー
Jは黒光りする鉄の塊にそっと指を触れ、笑ったことの無い養父の顔を思い出した。
「メンフィスの屋敷はどうしますか?」
管財人の男の言葉に、Jは小さく首を振った。
「アンタに任せる」
Jは管財人の男が去った数日の後、動いた。
マンハッタンのシティバンクに赴き、貸金庫から養父の遺品を回収した。金庫の番号はライフルの台座の中にメモが仕込まれていた。
金庫の中にはJの架空名義の大金の入ったカードと通帳、それと封筒に入ったUSBと見知らぬ電話番号のメモがあった。
そうして、Jはニューヨークの下町、ブロンクスのボロいビルの一室を借り、形ばかりの探偵事務所を開いた。
事務所を借りる金は、父親の残した遺産と養父から譲渡された財産でまかなった。
ニューヨークに居を定めたことにたいした理由は無かった。電話番号の相手ーー仲介人が、身を隠すにはニューヨークがいい、と言っていただけのことだった。
あの国は崩壊寸前だが、それゆえに秘密を知る者を躍起になって消しにかかっている。ーー画像の中の養父はいつも通り表情も変えずに語った。
『アイツの息子であり私の養子であったお前は死んだことになっている。私とお前の関わりを示す文書も全て破棄させてある。
「仕事」を請負うかどうかはお前次第だ。仲介人には私の紹介とだけ言えばいい。神の加護のあらんことを……』
Jは見終わってデータを消去しようとして、ふと手を止めた。
画像の養父の背後に、幼いJと若い頃の父親の写真が並べられていたからだ。
Jは一度も家族と写真を撮ったことが無かった。その理由は今ならばわかるが、子どもの頃はひどく淋しかった。
思いあぐねて静止画像を一枚だけ取り、フォルダに隠した。
そして、画像の背後に流れるブルースに瞑目した後、データを消去し、USBごと灰皿に投げ入れ、ライターで火をつけた。
燻り焼け焦げていく『過去』で火をつけた煙草はやけに煙が目に染みた。
そして、Jは裏社会の人間になった。
狙撃手J……彼はただそれだけの人間になった。
あの『客』が目の前に現れるまでは……。
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