8・無防備な素顔

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 すっかりと(ぬる)くなったタオルをアルベルトの額から取り、用意していた水で洗う。水も常温に戻ってはいたが、熱を含んだタオルよりは肌を冷やしてくれるだろう。きつく絞ったタオルでそっと額から頬を拭いてやれば、ひんやりとした感触が気持ちよかったのか、アルベルトが甘えるように頬を寄せてきた。 「……っ」  驚きと共に、セシルの胸にやわらかな感情が駆け巡った。頬を寄せるアルベルトに母性本能をくすぐられ、たまらなく愛おしいと感じてしまう。不謹慎にも頬が緩み、自分でも分かるほどに微笑んでしまったセシルの下で――ふっと何の前触れもなくアルベルトが目を覚ました。  至近距離で視線が絡み合う。慌てて引き戻そうとした手は、アルベルトの大きな手にしっかりと掴み取られてしまった。 「……セシル?」 「あ、あのっ、これは」  笑った顔を見られたと思うと、途端に恥ずかしさと動揺が胸を騒がしくした。強く雄々しいアルベルトだからこそ、無防備な寝顔など誰にも見られたくないはずだ。笑顔を見られたことより、寝顔を見て微笑んでしまった自分がどう思われるのか、セシルは勝手にその先を想像して背筋を震わせた。 「すみま……」 「やっと笑ったな」  癖になったセシルの謝罪を、少し掠れたアルベルトの声が攫う。非難されるでもなく、嫌悪を滲ませるでもない。冷たく澄んだ青い瞳を今だけは熱く揺らし、眩しさに目を細めるようにしてアルベルトはセシルを見上げていた。  ――笑っている?  そう思った時にはもうセシルの体は引き寄せられ、アルベルトの腕の中にすっぽりと収まっていた。
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