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9・微熱に溶ける体
額に熱い息がかかる。体に回された腕は臥せっていたとは思えないほど強く、僅かに身じろぎしただけではびくともしない。けれども決して強引な力ではなかった。
「お前がくれた組紐をダメにした」
低く掠れた声が、セシルの鼓膜を切なげに震わせる。顔を上げようとすると頭をやんわりと押さえられ、そのまま髪を梳くように撫で下ろされた。
「あの、えっ……その、どうか気になさらないで、下さい。……ご無事で、なによりです」
「……そうか」
そう呟いたきり、アルベルトは黙ってしまった。抱きしめられた状態のセシルには、アルベルトの表情を窺い見ることが出来ない。もしかしたら眠ってしまったのかもしれないと僅かに体を動かせば、背中に回った腕がそれを拒否して力を増した。
「どこへ行く」
「えっ! 起きて……?」
「寝ていない」
「でも……もう少し休まれた方が……。倒れるほど、お疲れになっているのですから」
「いま休んでいるだろう」
「そっ、それは、そう……なんですけど」
まるで駄々をこねるような物言いに、セシルの方が戸惑ってしまう。言葉は短く、声音はどこか柔らかい。いつもアルベルトから感じていた威圧感が、すっぽりと抜け落ちている。
病床にあって心細いのはアルベルトも同じなのだろうか。それともセシルだから見る事のできる弱さなのか。そんな思いが頭をよぎれば、セシルの胸が言いようのない思いに満たされる。
いつもとは違うアルベルトの姿を、セシルは嫌だとも怖いとも思わなかった。
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