高校生編 第3話

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「おはようございます」  その一言を添えて女子更衣室へ直行。タオルで汗の始末をしてからこの店の制服に着替えて、ネームプレートを胸ポケットの辺りにつける。店長から「一年経つまでは研修マークは付けたまま」と言われたので初心者マークも忘れずにつける。  着替えてから鏡でおかしなところが無いか確かめて更衣室を出る。  タイムカードを打刻して、バックヤードから店の方に出る。開店前とはいえ、それまでにもいろいろ準備がある。カウンター席やテーブル席の掃除が大半で、それが終わったら外におすすめメニューなんかが書いてある看板を立てる。コーヒーメーカーやティーバッグに問題がないか、お客さんが利用する席に不備がないかなどなどを確認して、やっと「CLOSE」の札を「OPEN」の方にひっくり返す。  いよいよ開店だけど、お客さんの数はほぼまばら。近頃はスタバとかドトールとか、そういう人気カフェチェーン店が市場を埋め尽くすほど力を付けているからか、ここに来るのは本当にこの近くに住んでいる人か純喫茶特有の雰囲気が好きな人くらいだという(竹中さんから聞いた話だから真相は分からない)。  少しずつ店にお客さんが入ってきて、注文品を届けるまで終わってしまえば後はほとんどやることがない。厨房から店の中を見てみると、もう何度も見慣れた人を見つけて「あ、今日も来てる」となった。  その人はずいぶんお年を召されたおじいさんで、いつもキリマンジャロブレンドのコーヒーを飲んで三十分くらいで帰っていく。どうやら私が働き始めるより前からここに通っている常連さんらしく、私が初めて接客した時には柔和な笑顔と元気そうな声で「いつものコーヒーお願いします」と言われて困惑した。すぐに竹中さんに教えてもらって事なきを得た。  おじいさん以外にも常連さんはいる。カウンター席の隅の方で本を読みながらコーヒーを啜る大学生風のお姉さん、学校帰りに一人で来ては勉強に勤しむ男子高校生、パソコンとにらめっこしながらひたすらあれこれキーボードを叩くお兄さん、スマホの画面を見せあって楽しそうに笑うカップルらしき男女などなど……。  そういういろんな人たちが思い思いに羽を伸ばして、リラックスだったり集中だったりをしているところを見るのが好きでこのバイトを始めた。人付き合いは苦手ではあるけれど、人と話すことが苦手なわけじゃないし、何より私なんかの力が少しだけでも誰かの役に立っていると思うだけで、充分すぎるくらい嬉しい。お客さんの注文通りに接客できただけで言われる「ありがとう」と、帰り際に言われる「ありがとう」と、普段言われる「ありがとう」。どれも同じに聞こえて、実は全く違うんだってことを最近になってやっと知った。
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