高校生編 第3話

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「オムライス、かな。卵とろとろなやつ」 『なかなかレベル高いやつ要求してきたな』 「遠慮するなって言ったのはお父さんだよ?」 『そうだな。分かった、オムライスな。材料買って帰るよ。卵がとろとろになるかどうかは、ちょっと分かんないけど』 「うん、待ってるね」  電話を切った後、もふもふのクッションを枕にしてまた寝転がる。  わがまま、か……。今までちょっと悪い方のイメージしか持たなかったけど、こういう風に良い方の意味で言う時もあるんだ。お父さん、ちょっと嬉しそうだったな。こんなだったら、もっと前から言ってれば良かった。  お父さんが帰ってくる前にお風呂に入って、お父さんが作ったオムライス――分かんないって言っていたけどちゃんと卵をとろとろにしてくれた――を食べた。いつもより美味しさが増していた気がする。自分で作ったものは人が作ったものより美味しく感じるって言うけど、その逆もあるんだろうか。  食べ終わった後、せめて後片付けくらいは私も手伝おうとお父さんの隣に並んで汚れた食器を洗っていると、「咲良」とお父さん。 「オムライス、美味かったか?」 「うん、美味しかった」 「そうか。これからもたまにで良いから『あれ食べたい』とか『これ食べたい』とか、言ってきて良いんだからな」 「はーい」  お父さんは満足げに笑った後、私が食器を洗い終わったのを見計らったように「冷蔵庫の中見てみな」と言ってきた。 「え、なになに? 今日のお父さんなんか変だよ?」 「良いから早く見てみなって」  言われるがまま冷蔵庫を開けると、目に入ったのは見慣れない小さな箱だった。これ、何だろう。片手で持てるくらい軽い。  食卓にその箱を置いて中を見てみたら、イチゴのショートケーキが一個だけ入っていた。もちろん私は目が点になる。 「え? これ……」  お父さんはいたずらが成功したような得意げな笑みを浮かべる。 「咲良、来週誕生日だろ? 本当は当日に祝ってやれば一番良かったんだけど、俺その日の帰り遅くなりそうだからさ」  お父さんが廊下の方に出ていきそうだったから、私は急いで言葉を紡いだ。 「じ、じゃあ、さっき電話で何食べたいか聞いてきたのも?」  お父さんは立ち止まって、朗らかな顔を私に向けた。 「そうだよ」  それだけ言って、お父さんはリビングを後にした。私は上手く整理がつかない頭のまま、ショートケーキを一口食べた。  甘くてふわっとして、口に入れた途端溶けてなくなって……まるでそれが心根の奥深くに浸透したように目の奥が熱くなった。  お父さん、こんなに私のこと……。  ちょっとだけ流れてきた涙を乱暴に拭った後、またケーキを食べる。  自分が思っていた以上に大切にされていることを知ったのと、お父さんがこんなことをひっそりと考えてニヤけている様子を想像したのとで、よく分からない感情になった。ケーキの甘さがそれを因数分解するのに一役買ってくれたのか、食べ終わる頃にはお父さんに対する感謝しか残っていなかった。  ありがとう、お父さん。こんな私だけど、もうちょっとの間だけよろしくお願いします。
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