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じゃあ、なんで……。確かめる方法は、実際に中に入ってみないと分からなさそうだった。
自分の家なのに、まるで悪の権化の根城に突入するような緊迫感に覆われていた。扉を開ける時も、いつもより少し重く感じた。
玄関に入ってすぐ目に付いたのは、ピンク色のハイヒールだった。私のものじゃない。ますます怖くなってくる。いったい、この中で何が起こっているんだろう。
「だ、誰かいるの?」
何も無くてほしいリビングに向かってその声を投げてみる。だけどそれは悪い意味で杞憂に終わってしまったらしい。
「えっ!?」
息を呑んだような、そんな声が出てしまった。当然だ。キッチンの方から自分の知らない人が顔を出して来たら、誰だってそうなる。
「あなた、咲良?」
「え……」
どうしてこの女の人、私の名前を知ってるの……?
私の恐怖を無視しているのか、その人は無遠慮に私の方に近づいてくる。何故か、とても懐かしいものを見るような目で。
「やっぱり咲良ね。こんなに大きくなって……今はもう、高校生?」
私に触れようとしてだろう、手を伸ばしてくる。私は反射的にそれを跳ね除けた。
「いやっ!!」
鞄なんてその辺に放ってリビングの方に逃げる。人二人がすれ違っても全然余裕があるくらい、廊下が広くて助かった。
「そんなに怯えて、どうしたの咲良?」
まるで私がおかしいとでも言うような言い方だ。
「あ、あなた、誰なんですか!」
怖くて呼吸すらどうにかなってしまいそうなのを必死で抑えて正当防衛の言葉をぶつける。背中があり得ないくらい張りつめている。怖い怖い怖い……。誰でも良いから早く助けてほしい。こんな、得体のしれない人が、どうして私に……。
「そんな言い方ないでしょう?」
止めて、それ以上近づいてこないで……。私の声にならない叫びみたいな願いも虚しく、女の人はどんどん私に迫ってくる。きっと本人は何でもないつもりだろうけれど、私にしてみれば恐怖以外の何物でもない。
逃げ出したいのに、真後ろはベランダで逃げ道なんて無い。だとしたら……。
考えてすぐ、もう一度廊下の方へ動く。お父さんがどんな状況であれ、今は助けてもらうしか他にない。
だけど、それは叶わなかった。女の人とすれ違う直前に腕を掴まれてしまった。
「いやっ! 放して!」
本当に何なんだろう。急に現れたと思ったらこんなこと……。私にいったい何の用があってこんなことをしているのか全く分からない。
「どうしてそんなに怖がるの?」
そんなの、私にとってこの人が得体のしれない怪物に他ならないからに決まってる。どうしてそんなことも分からないんだろう。こんなに怖くて、今すぐにでも逃げ出したいのに。
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