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「大丈夫よ、心配しないで」
何がだ、何をだ。何の自信を持ってそんなことが言えるんだ。
「止めてっ!!」
ほとんど金切り声みたいに叫んだ。どうしよう。私、どうなるんだろう、何されるんだろう。
ひたすら怖くて、誰でも良いから一刻も早く助けてほしかった。
そして――。
「昨日急に連絡してきたと思ったら……何やってんだよお前」
自分でも知らない間にきつく結んでいた瞼をハッと開く。低い、明らかに怒っていると分かる声。こんなの初めてだけど、でも、聞こえた瞬間心の奥から救われたと思った。
「その手どけろ。咲良に触んじゃねえ」
おそるおそる目線を上げる。ねめつけるような目で、女の人を見ている。その姿を見た途端、安堵がさらに大きくなった。
「お父さん……」
震えた口で呼ぶと、お父さんは女の人に向けたものとはまるっきり正反対の穏やかな目で私をそっと自分の方に引き寄せてくれた。温かくて大きくて、守られているんだってやっと実感する。頬を涙が伝っていった。
「気づくの遅くてごめんな。怖かったよな」
優しく私に言ってくれた。かと思ったら、未だに私の腕を掴んで放さない不審者にはさっきみたいなドスの利いた低い声で「その手、放せっつってんだろ」と釘を打ちにかかる。それでやっと、私は完全に解放された。お父さんの影でよく見えないけど、向こうはどこか不貞腐れたような腑に落ちないような表情をしているのは分かった。
「こんなに震えて怯えてんじゃねえか……お前、俺の咲良に何してくれてんだよ」
「あなたまでそんな、わたしをハズレものみたいに言うの? いくらなんでもひどくない?」
どうやらお父さんとこの人は面識があるらしい。でも、どうやら穏やかな関係じゃなさそうだ。お父さんの温もりのおかげでだんだん落ち着いてきていた私は、二人の様子を見守ることしかできない。
「どの口でそんなこと言ってんだか」
お父さんは鼻で笑う。
「それよりあなた、今その子のこと『俺の咲良』って言ったわよね?」
「それがどうした」
「どうしたじゃないわよ」
次の瞬間、女の人は馬鹿みたいなことを言った。
「私だってこの子の母親よ?」
え――?
私だってこの子の母親。この人は今、間違いなくそう言った。
じゃあ、この人は、私の……お母さん……?
いやいや、そんなはずない。もしそうだったとしたら、未だに少しだけ残っているこの人に対する恐怖心の説明がつかない。
「茜、本気で言ってんのか?」
茜。それがこの人の名前らしかった。
「当たり前じゃないの。咲良は私と伊澄さんの間に産まれた唯一の子供でしょう?」
この人はこの人で、お父さんの名前を知っている。それに、私を二人の間に生まれた唯一の子供って……。
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