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「それはそうだが、今となっては咲良の親権は俺にある。お前、まさか自分がしたこと忘れたわけじゃないよな?」
「忘れてないわよ。悪かったと思ってるわ。だから、今までの謝罪も込めて一個提案があるんだけど」
「……何だよ」
ここまでの会話を踏まえると、目の前の人は間違いなく私のお母さんらしい。親権の話をしているということは、少なくとも私が産まれた頃までは夫婦だったんだろう。
「私たち、もう一回やり直さない?」
お母さんはそんなことを言ってきた。だけどお父さんは即答で「無理だな」と跳ね返す。
「そんなこと言わないでも良いでしょう?」
「昔っから男癖の悪いせいでどれだけ浮気されてきたと思ってる。それでも変わってくれると信じて結婚したってのに、咲良が産まれた途端に離婚届だけ置いて出ていきやがって。端から育てていくつもりが微塵もなかったやつが、今さら空々しいんだよ」
お父さんは呆れるような口調で話す。
「そもそもの話、俺が来いって言った時間は午前中だったよな? 咲良がまだ学校にいる時間帯ならこんなことにならずに済んだのに、なに勝手なことしてんだよ」
「だって……私だってこの子の母親よ? 子供の成長くらい気になるじゃない」
「元、母親な。いや、元って付けるのもバカバカしいか」
「な、何よそれ! 苦労して産んであげたっていうのに!」
「せっかく授かった命くらい責任持って育ててやりたかっただけだ。子供ができればお前のその浮気癖も無くなってくれるかと思ってちょっとは期待してたんだが……空振りに終わっただけだったな」
「何なのよ、もう……」
「それにさ」とお父さんは言葉を繋ぐ。お母さんのことなんて見えてないように、ひたすら今までの鬱憤を吐き出すように。
「咲良が生まれた後、お前の様子見に病院行った時に、偶然聞いたんだよ。ちょうどお前の病室に入ろうとした時だったかな」
「……何をよ」
「お前ががっつり浮気してるところだよ。聞こえてないつもりだったんだろうけど、残念だったな。全部丸聞こえだったぞ。俺には一回も聞かせてくれたことのなかった猫なで声で、『子供だけ押し付けてあの人とは別れるからぁ~』とか何とか言ってたっけ。衝撃的過ぎて今でもはっきり覚えてるよ」
正直、私は失望していた。まさか自分のお母さんがここまで私にもお父さんにも無関心だったなんて思いたくなかった。だけどお父さんの言い方を見ると、それはどうしても事実なんだろう。お母さんもどこか極まりが悪そうな顔をし続けている。
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