38人が本棚に入れています
本棚に追加
「せめて養育費くらいは払ってくれるもんだと思ってたけど、まさかそれすらしてくれなかったとはな……。そのおかげでずいぶん苦労したし、その分楽しくもあった。正直、今さら茜が帰ってきたところで了解するつもりなんて無かったけど、ひょっとしたらこの十六年の間で何か変わったかもって思った俺が馬鹿だった。結局何も変わってなかったな」
「うっ……」
お母さんは図星なのか、何も反論できないまま眉をひそめる。
「で、でも、それはもう昔の話じゃない。今さら持ってきたって時効よ」
「そう思ってんのはお前だけだぞ。少なくとも俺はお前を許そうなんてちっとも思っちゃいない。ましてや、人の生活費を狙ってたかってくるようなやつなんてなおさらお断りだ」
「え……?」
お父さんの言葉に耳を疑う。お母さんはというと、ぎくりとでもしたように固まっている。
「お父さん……? それって、どういう……」
「簡単なことだよ」
お父さんは淡々と事実だけを告げるように言った。
「茜、お前単純に俺らの金で遊びたいだけだろ」
お母さんは慌てた様子で「ち、違うっ!」と否定するけれど、その慌てふためきようと戸惑うような目の泳ぎ方では何の説得力も無い。
絶句した。プツンと、何かが私の中で切れる音がした。それがお母さんに対する僅少ながらの情みたいなものだったのかは、分からない。
初めてだ。人に対してここまで明確な嫌悪感を抱いたのは。もうこんな人、お母さんでも何でもない。たとえ戸籍上では私と目の前の人の間に血縁関係があったとしても、私はもうこの人をお母さんだなんて思えない。
「なにそれ……最低っ……!」
いったい私たちを何だと思っているんだろう。お父さんを散々振り回して弄んで、そうかと思えばぴたっと居なくなって、何年も経ってから突然何も知らない私の前に現れて、終いにはお父さんが今まで頑張って稼いできたお金も、私が慣れないバイトをして貯めたお金も奪おうとして……。
「ち、違うのよ咲良! これにはいろいろ……」
「違うって何が? 散々お父さんのことないがしろにして、お父さんの気持ち踏みにじって、私とお父さんの暮らしまでぶち壊そうとしてっ!」
いったいこの人はどこまで自分勝手なんだろう。結局は自分の私利私欲のことしか第一に考えてないじゃないか。その結果お父さんと私がどうなろうと知ったこっちゃない。そう言わんばかりの傲慢さすら覚える。
「違うのよ咲良、これは……」
「もういいっ、言い訳なんか聞きたくない」
「ねぇ……待ってよ咲良……」
まだ私に縋るつもりらしい。私はもう辟易しきっていて相手にするつもりなんて微塵も残っちゃいないのに。この際面と向かってはっきり言わないと伝わらないということだろうか。
最初のコメントを投稿しよう!