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そんなことを平然と言ってみせるお父さんがカッコよく見える。夏だからって理由にかこつけてもう一杯だけ水を飲むと、お父さんから「あんまり飲み過ぎると腹痛くなるぞ?」と言われた。分かってるよ。でも暑いんだもん、喉渇くんだもん、仕方ないじゃん。ぶつぶつ……。
「しかしまぁ、咲良もあんな風に怒るなんてなぁ」
お父さんも喉が渇いたのか、私の隣で水道水をコップに注ぎながら言った。
「まぁね。怒りたくもなるよ、あんなの」
「そりゃそうか」
お父さんは満足げに微笑んでからコップの水を飲む。私も残り半分くらいの水をちまちま飲んでいると、廊下の方から困り果てたような声がした。
「咲良ぁ……」
「ん?」
廊下を見ると、私の部屋のドアからひょこっと顔を覗かせている雪ちゃんと目が合う。
「咲良、もう終わった?」
「あぁうん。もう大丈夫だよ」
まるで知らないところに連れてこられたばかりで緊張するネコみたいだった雪ちゃんは、「良かったぁ~」と大袈裟なくらいに息を吐いてその場にへたり込んでしまった。私より雪ちゃんの方が気を張っていたらしい。
「だ、大丈夫?」
「うん、ちょっと気が抜けただけ」
本人はそう言うけれど、ちょっと心配で雪ちゃんの手を取って一緒に立ち上がる。
「はぁ~すごかった。あんな昼ドラみたいなこと実際にあるんだね」
「うん、あったんだね」
二人でそんなことを話していると、後ろからお父さんが「雪乃ちゃん、ありがとね」とお礼を言った。
「あの時雪乃ちゃんが部屋に入ってきてくれなかったら、絶対俺気づかなかったよ」
「……? どういうこと?」
一人置いてけぼりな私に、お父さんは話した。どうやらお父さんが休憩がてら仮眠を取っていたところに、雪ちゃんが仕事部屋に駆けこんで助けを求めたらしい。
「いや、私はそんな大それたことなんてしてないですよ」
雪ちゃんはそんな風に謙遜して言うけれど、実際雪ちゃんがそうしてくれたからお父さんが助けてくれたわけだ。自分だって見たことも聞いたこともない状況に立たされて、どうして良いか分からなかったはずなのに、私を助けようと咄嗟に動いてくれた。
お父さんにも雪ちゃんにも、こんなに自分が大切にされていることを改めて痛感した。それが安堵感と一緒に涙腺を溶かしてしまったのか、今になってボロボロと涙が零れてきた。
「え、ちょっと咲良!? どうしたの?」
「怖かったよおおおぉぉぉ~っ!!」
雪ちゃんに飛びついて子供みたいにわんわん泣いた。雪ちゃんとお父さんが苦笑してしまっているのがなんとなく分かったけど、そんなの気にしていられなかった。それくらい安心したから。
怖かった。本当に怖かった。あのまま誰も助けてくれなかったら、今頃私はどうなっていただろう。考えるだけで身がすくむ。
雪ちゃんがいてくれて良かった。お父さんがいてくれて良かった。不甲斐なさばかりが悪目立ちしてなかなか大人になれない私のことを、悪いとも言わずにずっとそばで寄り添ってみていてくれる。どれだけ私は恵まれているんだろう。
雪ちゃんはしばらく戸惑ったような感じだったけれど、やがて小さな子供をなだめるようにじっと寄り添ってくれた。
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