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「深瀬さん、どうしたの?」
いつの間にか私の両隣には竹中さんと山内くんが立っていて、二人に顔を覗き込まれた。
「え、どうしたって何がです?」
竹中さんに訊くと、「いや、なんかすごい嬉しそうだし……」と返ってきた。それでようやく自分の口角が上がっていたことに気づいた。恥ずかしい。
「なんか良いことでもあったの?」と竹中さん。
「いや、特には何も……」
「さては……好きな子でもできた?」
「え、マジで?」
「もう、違います。適当なこと言わないでくださいよ。山内くんもね」
好きな人については否定できないけれど、でもそれを言うと絶対この後の休憩時間中に根掘り葉掘り聞き出される羽目になってしまうからあえて否定した。
こういう何でもない会話を普通に繰り広げられるくらい平和な職場で安心した。ここに集まるのは、みんな温かくて心の底からホッとするような人ばかりだ。
午前中の仕事を終えて、午後からシフトが入っている人たちと入れ替わる形で昼休憩になった。更衣室のロッカーから財布だけを出して、バックヤードから外に出ようとした時、ちょうど後ろから「あ、待って深瀬さん」と呼び止められた。
「ん、どうしたの山内くん?」
「コンビニ行くんでしょ? 俺も行くから、良かったら後ろ乗ってかない?」
と山内くんはバイクの鍵をちらつかせる。せっかくだし乗せてもらおうと頷いて、二人で山内くんのバイクのもとへ歩く。
ヘルメットを渡されて被る。ただでさえ暑いのにこれを被らないといけないなんて、夏場のバイクはきっと地獄だろう。
山内くんの後ろのシートに跨る。
「ねえ、山内くん?」
「ん?」
出発前に一応確認しておく。
「これ、大丈夫だよね? ハンドル握ったら急に山内くんの性格が豹変するとか、そんなの無いよね?」
「どこの漫画の話してんだよ」
山内くんは笑うけれど、如何せん私はバイクに乗るなんて初めてだから怖い。
「大丈夫だよ。どうせすぐそこのコンビニ行くだけなんだからさ」
バイクのエンジン音が鳴りだす。私は山内くんの背中に手を添える。見た目は細いのに、意外と背中は大きくてびっくりした。やっぱり男の子なんだな、と何を今さらなことを思う。
山内くんの運転は安全そのもので、ものすごい勢いで走り抜くことも無ければむやみやたらにエンジンの音を暴発させることもないままコンビニに着いた。ヘルメットのせいで地獄みたいな暑さかと思っていたけれど、走っている時の風が思いのほか涼しくて気持ち良かった。だからって「よし、バイクの免許取ろう」とはならない。だって怖いもん、普通の自動車免許だけで充分だ。
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