師匠の悪癖

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 翌日。  結局師匠は部屋に戻ってこなかった。きっとまだアトリエにいるのだろう。  まだ辺りが薄暗いうちに、アトリエに向かう。  もう、金属を叩く音は聞こえない。 「師匠、起きてますかー……」  声量を絞って声をかけるが、返事は無い。  アトリエ内は静けさを保っている。  その中、僅かに寝息が聞こえた。  ソファーの上で毛布を被って眠る少女……ではなく、疲れ切って部屋に戻ることなく寝てしまった師匠がいた。  そして壁には昨日は無かった剣……。昨夜一晩で師匠が打ちあげた剣が掛けられていた。  大きさはショートソード程で特殊な金属は使われていない、素材はいたって普通の剣だけど、美しい輝きに目を奪われる。  思わず手に取ると……軽い。絶妙な重量配分で同じサイズの剣に比べて格段に軽く感じる。それに刃は、モンスターの厚い皮膚や甲殻すら斬り裂きそうな程の鋭さだ。  柄は僕の手に吸い付くような握りやすさ。  これほどの剣を一晩で……。  やっぱり、師匠は凄――。  改めて師匠を見た瞬間、僕は固まってしまった。  何故なら……。師匠はいつの間にか目を覚ましていて、僕のことをニヤニヤと見ていたからだ。 「どうだい、気に入ったかい?」 「し、師匠。起きていたんですか……。ごめんなさい勝手に触って」  慌てて剣を戻そうとすると、その手を押さえられた。 「これはスヴェンにやるよ」 「ええっ!?」 「お前の為に打った剣だ」 「で、でもどうして」 「思えばお前に剣を打ったことがなかったと思ってね。そろそろ剣の一振りは持っても良い頃だ。いつまでも短剣だけじゃ心許ないだろ」  そう言うと師匠はどこからか鞘を取り出し、ショートソードを収め僕の手に握らせてくれた。 「まだ入門用だからいい金属は使ってないけど、それでもそこいらの剣よりはよっぽど頑丈だから、大切にしなよ。――アタシの傑作だ」  満面の笑みを向けられ、思わず目頭が熱くなる……。 「し、師匠……んむっ!」  唇に柔らかい感触。  一瞬、何が起こったのか分からなかった。  でも単純なことだった。  師匠が、僕の唇に自分の唇を重ねてきたのだ。  避けることもできない、一瞬のことだった。  ――ああ、剣に目を奪われていたとはいえ、こんな初歩的なことを忘れていたなんて。  師匠は、アルマルガ・シュルツは――。  会心の仕事ができた時、極度の興奮状態に陥り、僕にキスをしてくのだ――。  しかも。  何度も、何度も――。
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