音のない囁き……あまく

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 出逢いは会社の創立記念パーティー。  まだ決まった人がいないという旨を、そこかしこの人だまりであえてはばかろうともせず披露していた彼女が、中の下のルックスにもかかわらず、少なくはない男たちを吸い寄せたのは、ひとえに―――人事権を司る重役の娘だったから。  集った男たちの魂胆は、むろん、彼女を使って安定の未来を勝ち取ろうというもの。それゆえ、彼らの顔触れは、自力では厳しい社内競争を勝ち残れそうもない者たちばかりで、その中に俺も洩れていなかった。  勝代はそんな言い寄った男たちを恋人候補として片っ端から試し、すべてアウトにした。―――と、これはのちに、とうの本人から聞いた。  能力的には自分とはドングリの背競べの男たち。そんな彼らを弾き、なぜ、ラストバッターに残されていた自分を選んだのか……。  この謎は、つき合い始めてすぐ解明された。  アウトにしたんじゃない。彼らのほうから去っていったのだ。この傲慢我儘娘とでは到底身が持たないと踏んで。会社内の出世よりも、プライドを優先したのだ。それが普通の男。  しかし、しがない大学出の俺には、やはり独力でのし上がる術などどう逆立ちしても……。ゆえに、普通の男の尊厳は軽々と捨て去られた。  荷物持ち、運転手、犬の世話係、八つ当りの受け手―――つき合い始めてからの俺は、勝代の完全なる従僕、いや、それ以下だった。   とはいうものの、不平不満が起こらなかったわけではなく、多少の反論を試みたことはあった。しかしそのたびに彼女は、中の下の顔を最大限引きつらせ、 「言い寄ってきたのはあなたからよ! あたしを傷ものにしたってパパにいうわよ!」  という陳腐な台詞をヒステリー口調でくりだした。  有言実行の彼女の性質をすでに知っていた俺には、もう頭をさげるしかほかに手はなかった。  我慢の日々はもう二年になる。  いつしか俺は、虐げられ嗜好を知らず持っていた人間なのか……と勘ぐりもしていた。  が、それが違うと、ベッドの女が証明していた。  俺も普通の男だったんだ。  口答えもせず、身勝手でもなく、中の下ではなく、特上の女を求めていたんだ。  そして、自分の思い通りになる女を―――。  ……だからといって―――。  再び同じ台詞が脳裡をよぎる 。
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