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締めきっていた部屋の暑さが、全身を汗ばませている。
重い躰で彼女をまたぎ、窓を開ける。だが、状況が状況だけに、入り込んでくる微風に清々しさを感じることはなかった。
バスルームまでいくのが億劫だったので、ひとまずベッドの端に引っかかっていたワイシャツで額を拭った。
と、
待て……。
ふとおぼろげな記憶が蘇生したのは、そのシャツに染み込んでいたムスクの香りがいざなったためか……。
車窓に映った、それはステンドグラスの出窓。そこから暖かな明りが洩れ広がっていて―――。
降りたんじゃないか……?
そう、永に乗せられたタクシーから、ここに着く前に、俺は一度降りたんじゃないか……?
その着色ガラスの彩りが、脳内スクリーンにたちまち明確になってゆき、視界は出窓の並びにあった木製ドアを経由し、その上で停止する。
そこには幅広の一枚板に記された店名が、レンガの壁面につけられたクラシカルランプに照らされていた。
『BAR man―――』
タクシーが信号、もしくは一時停止標識にでもつかまったときだったのだろう。しかしそうだったとしても、酩酊の頭が、どうしてそこまでの情報をとり込めたのか……。
「引き寄せられた……」
そんな言葉がつと、鼓膜の裏をかすめたような気がした。
いずれにしろ、そう―――俺は降りたんだ 。
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