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と、
うっ……。
今まで小康状態を保っていた頭部の痛みが再燃。
しばし側頭を押さえたままじっとする。
波をやりすごし、再度記憶をめぐらそうとした。……が、
脳内の映写幕には闇が待っていただけだった。
はじめからどうくり返そうと、彼女を見つけて以降の覚えがまったくない。
鮮明にしたぶん、記憶力はぷつりと力尽きた、ということか……。
なにはともあれ、あの店にいた彼女を連れてきたことには間違いがない。
しかしだ―――。
マスターは見て見ぬふりをしたのだろうか?
こっちは一見の客で、素性もわからない男。そんな人間に、大事な店のパートナーであろう彼女を連れていかれる―――それを許すだろうか……。
とても思えない。とめるはずだ。
であれば、力づくで……?
それも考えづらい。酩酊状態の躰と思考で理路整然と動けたはずはない。
いや……そんな状態だからこそ、理性など働かず、力任せで、ということも考えられないことはない、か。
とすればどうなる……。
ふと不安がよぎった。
当然店からはまたタクシーを使ったのだろう。見知らぬ街で、終電もすでに過ぎている時間だったはずなのだから。
どこでどう車をつかまえたのかはわからないが、運転手の目もあること、マスターが通報すれば、俺の居場所をたぐり寄せるのはたやすい。
再び頭を抱えたのは痛みからではなかった。
こんなことが明るみに出れば、俺の人生は……今までの苦労は……。
携帯の着信音が、瞬時鼓動をとめた。
もう……こんな早く……?
テーブル上の携帯画面を恐る恐る覗き込む。
『勝代さん』
との表示に、ほっと一息をついたと同時に、「こんなときに!」いらだちももよおす。
だがすかさず通話ボタンをスワイプしたのは、すぐとらないと不機嫌になるからだ。
「あたし。覚えてるぅ?」
珍しくふざけたような声。仲直りのための電話だと直感した。
それにしても、部屋にいって昼食をつくってやる、といってきたことには驚いた。
俺のアパートの間取りを知った彼女は、狭いところは嫌と、今まで一度も訪れたことはない。しかも食事をつくるなどという恋人らしい行為は、つき合い始めてから今まで一度たりともなかった。ゆえにこの行動は、さすがに今回の喧嘩の非は自分にあった―――という懺悔心が多少ならずとも芽生えた末からなのだろう。
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