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それから彼らは付近の川で釣りをし、食事を作り、交代で見張りをつけて休んだ。
仮眠を取るつもりなんてなかったはずのリヴィングストーンだったが、連日の準備などで疲労が溜まっていたためか、気が付けば彼はテントの中で眠ってしまっていた。
「……しまった。寝てた」
彼が目を覚ましたのは、ちょうどアンナが同じテントから外へ出ようとしている気配に気づいたからだった。普段から眠りの浅い彼にとって、些細な物音でも覚醒の合図となる。
「アンナ、どうした?」
「……誰か、いるのよ」
「え……?」
思わず聞き返してしまった。
リヴィングストーンはアンナの普段とは何か違う振る舞いに違和感を覚え、彼女を追うようにテントの外へ出た。
そしてようやく気づく、異常事態。
辺りを覆う濃霧。近くでは見張りの者たち、川辺で談笑していた者たち全員が、その直前までの作業をそのまま中断し、その場で眠ってしまっていたのだった。
リヴィングストーンは、テントを出てすぐの地べたで眠る、一人の男の体を揺する。
「グラハム、起きろ。何か妙だぞ」
「うぅ……」
グラハムと呼ばれた男はゆっくりと目を覚ましたようだ。しかし彼の覚醒を待たずして、アンナは再び不可解なことを口にする。
「行かなきゃ、私も……」
「アンナ!」
普段、誰よりも冷静なアンナは、まるで何かに洗脳されているかのように歩き出す。周りの者たちが眠っている異常事態なんてまるで気にも留めていない。
この時点で、リヴィングストーンは、アンナが正気を失っているものだと判断した。
「どこへ行くつもりだ!」
リヴィングストーンは靴を履きながらアンナを追おうとするも、彼女の姿は瞬く間に濃霧の中へ消えていく。
「待て! 危険だ!」
濃霧なんて想定の範囲外だった。
少なくともあの書物には書かれていなかったし、エルセルムの調査団からも、この事態に似た事例は聞かされていない。
リヴィングストーンは感じる。これが、ロスト・キングダムの禁域たる所以だと。
(ロスト・キングダムは生きている。俺たちのように、迂闊に立ち入った人間へ牙を剥く……!)
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