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リヴィングストーンは濃霧の中を駆ける。
微かに見える彼女の影を追い、何度か木の根に躓き、それでも必死に食らいつく。
「止まるんだ! アンナッ!!」
そう叫んだリヴィングストーンは、ここで不意に立ち止まる。
影に追いついた。だが、それは妻のアンナの姿ではない。
リヴィングストーンは自然と腰に携えられた剣を抜いていた。
「人間……」
目の前に現れたのは、ガリガリに痩せた浮浪者。頭はハゲ散らかり、見すぼらしい格好をした男。涎を垂らし、その目に光はない。
まるで生きる屍のようだと、彼は感じた。
「おい、あんた、どこから来た?」
リヴィングストーンの問いに、男はまともに返事もせず、ただ呻くばかり。
この男は誰なのか、こんなところで何をしているのか。そして、一体いつの間にアンナの影と入れ替わっていたのか……。
ロスト・キングダムに自分たち以外の人間がいることに興味はあるが、今は言葉も通じないこの男に構っている場合ではない。
リヴィングストーンは男を無視して進もうとするが、ここで男は突如腕を振った。
「なにィ……!」
丸腰のはずだった男は、どこに隠し持っていたのか、いつの間にか長剣を手にしていた。
リヴィングストーンはそれによって腕を斬られていた。だが、寸前に男の動きを察知した彼は、体を捻り、何とかかすり傷程度で済んだ。
「こ、この!」
リヴィングストーンは反射的に反撃していた。
容赦なく繰り出すカウンター。相手が弱々しい男であろうとも、不意に攻撃してくるような輩に遠慮などいらない。男を再起不能にするつもりで剣を振った。
しかし、それが男に通ることはなかった。
男はまたしても、いつの間にか盾を持っており、リヴィングストーンの剣を防いで見せた。
「こいつ……!」
これで確信した。リヴィングストーンの見落としなんかではない。男は明らかに何もないところから剣と盾を取り出したのだ。恐らくは、魔術の類。
そしてもう一つ、先ほどまでフラフラしていた男に大きな変化があった。
相変わらずの生気のない目だが、その動きに鋭さが加わり、リヴィングストーンと対峙していた。
相手は人間のようだが、彼は直感的に感じた。その構えと動きは、まるで獣のようだと。
稀にいる。モンスターの類でも、訓練された騎士と互角以上に渡り合う種族が。これはまさにその感覚に近い。
(何なんだ、コイツは……)
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