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だが、次の日に、僕はベンチに向かったが、彼女の姿はなかった。
彼女がベンチにいないのはこの日が初めてだった。代わりに彼女が被っていた麦わら帽子が置いてあった。
僕はベンチに一人で座り、買ったモナカを食べた。元々一人の時はまるまるひとつ食べていたのに、彼女と分けるようになってから半分で十分になってしまった。
次の日も、またその次の日も彼女は姿を現さなかった。
僕は、海を見ながら、毎日アイスを半分だけ食べていた。9月になったが、依然として気温は高いままだった。
そのとき、携帯が低音を鳴らしながら、長く震えた。
画面を見ると太一から電話だった。
「なに」
「え、冷たくない?何その反応」
太一は電話越しに機嫌の悪い僕を笑った。
「思い出したのよ。この前言ってた劇の結末。というより、実家にたまたま帰った時に、ビデオが残っててさ。」
「マジか」
僕は冷静を装いながら、内心心臓が大きな音を立て始めているのがわかった。
「元々の人魚姫の話は王子様と結ばれないというお話だと思うんだけど、俺たちの劇は出てくる男と両思いになるんだよ」
僕は黙って太一の言葉を聞く。
「人魚姫は男と両思いになり、キスをする。ただ、俺たちの劇は両思いになってキスをすると、人魚姫は泡になっちゃうんだ。確かに、原作とは逆だよな」
黙ってる僕を放っておいて太一は話し続ける。
「人魚姫は、人魚に戻るか、好きな人と結ばれて消えるかの最大の2択を迫られる。それでどっちを取るかと悩んだ末、彼女は人魚に戻ってまた海の中で地上で出会った人のことを思って一生苦しむより、人間の姿で生きられるわずかな期間で恋に落ちハッピーエンドになる方を選んだんだ。」
「覚えてない」
僕が必死に絞り出した言葉だった。
「原作は好きな人とも結ばれず、自分も消えちゃうけど、好きな人とは結ばれるところだけ叶えるってのが、なんかお前らしいよな。両方は叶えないというか。良い話だよ。確かもう少しで脚本賞取れそうだった気がするぜ」
その後に何を話したのかあまりよく覚えていない。
僕は電話を切って、呆然としていた。あたりはすっかり暗くなっていて、波の音だけが聞こえていた。
一人で海を眺める生活に戻るだけだった。最初にそのようにしてたから、何の問題もない。
なのに、なんで。
僕はあの時彼女を助けるために使った階段を降り、浜辺に腰をおろした。
なんでこんなに悲しいんだろう。
僕が決めた結末じゃないか。
僕は溶けたアイスを口に放り込んだ。
彼女は幸せだと思えたのだろうか。
アイスは固形というよりもう液体に近く、少ししょっぱい味がした。
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