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「そういえばさ、覚えてる?俺たちが3年の時にやった演劇」
突然、向かいの席に座っている太一が、ビールジョッキを机に置きながら言った。
同じようなことを聞かれたばかりだったので、自然とその言葉に反応してしまう。机に置かれたビールのグラスから、少しだけ泡が立ち上った。
そんな話が出てきたのは、高校卒業から10年目という節目に行われた学年合同の同窓会の席でだった。僕は直前まで行くか行かないか迷っていたが、仲の良かった太一などのクラスメートが何人か参加するという話を聞いたので、アンケートフォームの「参加する」という欄にチェックをつけ、今日に至った。決して、高校の時にかわいいと思っていた子達にまた会えるかもしれないという淡い気持ちを抱いて臨んだわけではない。
「演劇?文化祭の時のやつ?」
「そうそう、確かカズが脚本書いてくれたんじゃなかったっけ」
僕たちの高校は、1年生がお化け屋敷などのアトラクション、2年生が食品、3年生が演劇と、学年ごとにやるジャンルがある程度固定されており、僕たちが3年だった時も学年8クラス全部が演劇を選択した。
演劇の中でも、総合優勝はもちろん、演技賞、脚本賞、小道具賞、衣装賞など色々な部門で賞が設立されており、みんな一生懸命脚本を考えたり、衣装等を作成したりしてクラスでたくさん賞をもらうために奔走していた。
「僕は確かにメインで書いたけど、文芸部とか他の演劇部の人にも結構手伝ってもらったよ。『人魚姫』のパロディみたいなやつ」
「『人魚姫の記憶』だよ。カズくん自分で書いたのに忘れちゃったの?」
隣に座っていた美奈が、カクテルが入ったグラスを持ちながら僕の顔を覗き込んだ。
美奈は、僕と同じ演劇部で、面倒見が良く、僕が文化祭の脚本を書く時も手伝ってくれた。今は高校の教師をやっており、そのしっかり者ぶりにますます拍車がかかっているようだった。
「そうだ、『人魚姫』のパロディだ。人魚姫がたしか陸に打ち上げられて倒れているところを、一般男性が発見する話」
僕は太一の言葉を聞いて、首を傾げる。そんな話だったか?
それではまるで…。
「そんな話だったっけ?王子が陸に倒れてるんじゃないの」
「それだと、本家と同じになっちゃうからつまらないって言って、たしか変えたんじゃなかったっけ」
「あ、そうだったかも」
「話はなんとなく覚えてるんだけど、結末がまじで1ミリも思い出せないんだよなー。あんなにたくさん練習したのに」
「毎朝集まってやったよね〜。なんだっけ。ハッピーエンドだったんだっけ。バッドエンドだったんだっけ。」
太一と美奈が好き勝手話している横で、僕はビールを飲みながらぼんやりしていた。
どんな話だったのか。僕は自分で書いたはずなのに、曖昧にしか思い出せなかった。
お酒がまわってきた頭では、考えられることも少なくなってくる。
向こうの席では、サッカー部だったやつらが、酒をたくさん飲みながら大声で騒いでいた。
僕たちは、高校生の時の方がひょっとして賢かったかもしれない。
だって、もうそんなに夢中になれることがなくなってしまったから。
僕は目の前のビールを少し飲んだ。さっきまでと同じビールなのに、少しだけ苦く感じた。
そのまま流れるように二次会に行き、思い出話に花を咲かせ、皆良い感じに酔っ払ってきたところでお開きになった。
僕は、だいぶ酔いが回ってきた頭で、海風にあたりながら、先程話題になっていた高校の演劇の話を思い出していた。
人魚姫の元々の話を、「人魚姫 結末」と検索し、調べてみる。
-ーーー人魚姫は、王子が別の女性と結婚した場合泡になって消えてしまうという制約の元、人間の足を手に入れます。ただ、物語が進み、王子は隣国のお姫様との結婚が決まってしまいます。人魚姫はナイフで王子を刺し、その血を浴びれば人魚として再び海に戻れるという選択肢を与えられ、ナイフを渡されますが、人魚姫は愛する人を殺すことはできず、そのまま泡になって消えてしまいます。ーーーー
人魚姫は愛する人も手に入れられず、自分が人魚として戻ることもできなかったというわけか。なんて残酷な話なんだ。タイトルは知っているけれど、結末がこんな風になってるなんて。
ただ、僕はこの感覚が初めてではないような気がしていた。僕は絶対に高校の時に、原作を調べて、文化祭の脚本を書いているだろう。
実家に帰れば、脚本も出てくるかもしれない。
今週末実家に戻ろうと思った。
自分で書いた話なのに、思い出せないのがもどかしかった。
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