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僕は、同窓会があった次の週の土曜日に、千葉県の実家に帰った。
親に、買ってきた土産のケーキを手渡すなり、僕は自分の部屋に籠り、調査を開始することにした。
部屋は、高校の時に僕が最後に使ったままで、その時の思い出がぎゅっと圧縮されているようだった。部屋の扉を開けたことで、その時の記憶や時間がぼくに一斉に流れ込んでくるようだった。
僕は、勉強机の後ろの本棚を眺めた。僕が演劇部時代に書いていた脚本は、昔と変わらず棚の1番下の段に立てかけられていた。僕はそのうちの一冊をとり、パラパラとページをめくった。今読むと恥ずかしいくらい筋が通ってないような気がして、慌てて棚に戻す。
最後の段を念入りにさがしたが、文化祭の台本である『人魚姫の記憶』というタイトルの脚本は見つからなかった。たしか使い込んで相当ボロボロにしてしまった記憶がある。捨ててしまったのかもしれない。
僕は、その後も懲りずに捜索を続けていると、努力の甲斐あってか、一枚の紙切れを見つけた。
「文化祭台本 話の流れ」
僕は、その紙を手に取った。お世辞にも綺麗とは言えない丸文字で、プロットらしきものが書いてある。
「設定;男:普通の人 会社員 人魚姫;記憶がない 海にいた時と同じ体温にするため、いつも冷たいものを食べている。体温はとても低い。
シーン①人魚姫;砂浜に倒れている→男;助ける
シーン②人魚姫と男は毎日海沿いで会い、さまざまな話をする 人魚姫;記憶が戻らない
シーン③人魚姫;お姉さん(人魚界から人間界にきた)と会う そこで自分は人間ではなく、人魚だということを知る 人魚に戻らなくてはいけない このまま人間の生活を続けていたら泡になって消えてしまうという話をされる(人間の期間で入れるのは一ヶ月) 男;友達とアンデルセン童話の話になる。結末を知らない物語はたくさんあるという話になる その中の一つ人魚姫の話を初めて知る
シーン④その後も人魚姫と、男は仲を深める 両思いになる
シーン⑤男;彼女が人魚姫だと知る
最後のシーン 一ヶ月たった 人魚姫と男は結ばれる?要相談 ※本家とは違う感じにしたい」
結末はまだこの時には決まっていなかったのか。僕は肩を落とす。
その後も部屋中を探したけれど、正式な台本らしきものは見つからなかった。
僕はスマートフォンで今日の日付を確認する。8月30日。
彼女と出会って今日がちょうど一ヶ月だった。
僕は、見つかった紙切れをカバンに押し込み、部屋を出た。急いで彼女に会わないといけない気がした。
「晩御飯食べていかないのー?」
台所からお母さんの声がする。僕の好きなビーフシチューの匂いがした。
「ごめん、帰らないと」
後ろ髪を引かれる思いで、僕は実家を出た。自然と駅まで走っていて、汗がこめかみを伝って顎から滴り落ちる。
僕はこの台本の結末を探しに行かないといけない。そんな気がした。
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