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「ねぇ、美波」
触れ合う制服の肩越し、ぽつり問いかけるのは、いつの間にか低くなった声。
「あの日のこと、今もちゃんと覚えてる?」
重ねた年月の分だけすらりと伸びた手足で己をぎゅっと抱き込みながら、濡羽のごとく艶めく黒の前髪の間から甘えるみたいにこちらを覗き込む双眸は、決まって期待と不安を綯い交ぜにした色をしていた。
タケはそうしていつも同じことを訊ねるけれど、美波が返す言葉もまた、決まってたった一つきり。
「忘れるわけ、ないよ」
四方をぐるりと山の緑が取り囲むすり鉢の底には、土地を取り合うようにして家々が連なる。その一辺、山裾近くにぽっかりと広がる空隙を見下ろしたまま、呟いた。
忘れることなんて、できるはずがない。
だから美波は、タケと二人ぼっちになると決めたのだから。
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