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「経理部の杉本さんが結婚するらしいよ」
私は今日の帰り際に、聞いたままの言葉を智也に漏らす。麻里奈のことを引き合いに出すことは、私のなかのわずかなプライドが許さなかった。
「誰?」
智也は怪訝そうな顔で私を見る。彼は私の現在の恋人で、平日、休日問わずこうして私の部屋に定期的にやってくる。よく言えば、朗らか、悪く言えば軽率な雰囲気の持ち主だ。
「会社の子」
私はそれだけ言って智也を見つめる。付き合って二年。智也はどう思っているのかは分からないけれど、私は結婚を意識していた。しかし、そのような話題を出したり、ほのめかしたり度に、のらりくらりと交わす智也に対しての不安感は拭えない。彼がどう思っているのか真意を推し量ることができずにいた。
「私達もそろそろ考えてもいい頃だと思うんだけど」
だから、私はとうとうこの日我慢することができずに言ってしまったのだ。理想は智也からのプロポーズだった。しかし、度重なる周囲の結婚の話に、私は平然を装いながらも完全に自制心を失っていた。これまで直球で投げかけたことのなかった言葉に智也は驚いたように食事の手を止めて、私を見た。それから、「少し早いんじゃないかな」と言って、食事を再開した。私は黙って席を立ち、自分の分の食器をシンクに下げた。食欲はとうに失せていた。
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