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第二章 人面獣心
鉛色の波が水平線の彼方から絶え間なく送り込まれてくるが、すべて岸壁に阻まれ、しぶきとなって砕け、後続の波に飲み込まれる繰り返しである。
絵の具で塗りたくったような灰色の空からは太陽の光がはみ出る隙間もない。
立春を迎えたとはいっても今は二月。東北の矢留市では、三寒四温を感じるのはまだまだ後のことだ。街区に目を移せばモノトーンの世界が広がっている。歩道にはガードレールの高さを超える雪が道路に沿って山脈のように連なっていて、人ひとりがやっと通ることのできる幅しかない。
畑中秀治は、市内で一番高い建物である十八階建ポートタワーマンションの最上階から、眼下に広がる日本海に視線を落とした。
この辺りは海が近いせいもあり、地盤が弱いために、二十階以上の建物は建設が難しいと言われている。市内中心部も同様で地盤が緩く、十階を超える高さの建物は、ない。
エアコンの音が大きくなった。室温を調節する為に出力を上げたようだ。本日の予想最高気温は、たしかマイナス四度である。
畑中は、銀縁眼鏡の位置を指で直し、自らを落ち着かせるようにゆっくりと嘆息した。「宮嶋、さん」と言いながら身体を反転させる。
はい、というか細い声が返ってきた。
「では、詳しく伺いましょうか」
棒立ちしている相手はスナックの経営者で、宮嶋理沙という三十六歳の女性。銀行に融資の申請をしたのだがよい返事をもらえなかったと客相手に愚痴っていたところ、県議会議員で元銀行員の畑中ならばなんとかしてくれるだろうと言われ、つてをたどってやって来たのだった。
気の強そうな美人、というのが理沙に対する畑中の第一印象だった。切れ長の目が若干釣り上ってきつい表情になっているのは、髪を後ろで強く引き結んだからだろうか。しゅっと削がれたような頬と顎。薄い唇は、意志の強さを感じさせる。
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