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銀縁眼鏡の位置を直しながら畑中はさっと書類に目を通す。
業務を見直し店内を全面改装するため、二千万円の融資希望だという。これまでの経営が思わしくないので、できるだけ豪華絢爛たる店にしたい、人員も増やすということらしい。
特に断る理由もない。畑中は少し緩慢な動作で椅子に座り直し顔を上げる。
「ではですね、一度お店を見せていただきたいのですが」
「え」意表を衝かれたらしい。理沙の視線が泳いだ。
「どんなお店をどのように改装なさるのか、こちらとしては、現状を確認した上でないとお答えできかねますので」
数秒間、理沙の動きが静止した。俯いたままだ。頭の中で何かをものすごいスピードで計算しているような、圧力に負けまいと必死に突っ張っているような姿勢であった。
やがて「そうですよね、わかりました」と応じた声は、抗うことができなくて自暴自棄になったような、はかないものであった。
畑中は心の中でほくそ笑んだ。これで俺は、この女に対しても、生殺与奪(せいさつよだつ)の権利を手に入れた、と。
「では、本日、こちらの時間が空き次第、伺います。そうですね、お店が開く前、十八時ころを目安に。それでよろしいですか」
理沙は俯いたまま、観念したように力なくはいと答えた。
畑中はふうとひと息つくと立ち上がり、窓辺へ向かった。
モノトーンの世界が目に飛び込んできた。いつの間にか降り出した雪は横殴りで、重力に逆らい落ちまいと暴れているかのようだ。鉛色の海はうねり、やり場のない怒りを岸壁に叩きつけ、しぶきをまき散らしている。空は海と一体化してしまい、区別がつかない。街区に目を移せば、雪で視界は遮られ、建物の輪郭がなんとなく確認できるだけだ。人影はない。
畑中はこみ上げてくる笑いを押し殺した。
「宮嶋さん」畑中は振り返り、こちらに来るように手招きする。
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