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「時間がかかってもよろしいのですか」
ややこしいことになりませんようにと皆川は祈った。一一九番通報受信の基本は、相手の要請に応えることだ。いくら横柄な言い方をされたとしても、無下に断ってはいけない。そこが辛いところだ。救急要請は、本人が必要と思えばそれで要件を満たすのだから。
しかし――。
「ああ、なるべく早くな」当然のことのように電話の相手は言い切った。
皆川は、ぐっと拳を握った。
時間がかあってもいいとはなにごとか。待てるならば、それほどの声が出せるのならば、あなたはまだまだ元気ですよ、それでも病院に行く必要があるのですか、救急車で搬送する意味はありませんと新屋は喉元まで出掛かっているに違いない。しかし、声に出しては言えない。相手を否定する言葉は、苦情へと発展するおそれがある。それは極力避けなくてはならない。
「それでは緊急ではないということになりますね」
新屋も負けてはいなかった。
皆川は握った拳にさらに力を込める。
「あ?」
予定外の言葉に、相手は明らかに戸惑った。
「この電話は緊急通報の電話なのです。お分かりですよね。お急ぎでないのでしたらタクシーで行かれても大丈夫ではないかと思いますが」
畳み掛けるように言葉をつないだ。そうだ、落ち着け、落ち着いて話せよと皆川は新屋の背中を見つめる。
「うるせえ、救急車なんだよ。タクシーなんかで病院に行ったら、金がかかるべよ、つべこべ言わずに来いって言ってるべ」
「今すぐは行けませんと言いました」
「なに?」
要求を却下されたとたん、相手の息づかいが変わった。
「なんでだ、断るのかよ。ったく、のらりくらりとよう。ふざけんなよ、おめえ、名前はなんていうんだ、あ? 訴えてやる。いいのかよ、救急車、寄こすのか、寄こさねえのか」
怒気を含んだ威圧的な声であった。恫喝とも取れる。
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