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「無礼を承知でお尋ね申す、拙者の顔に見覚えがござろうか?」
「なかろうて」
槙島壮平は商談のため、隣町へ駕籠で移動中の事だった。山道に入った時、その男は現れた。
突然駕籠の者の脚を止めさせ、その場に膝を着いて壮平の名を呼んだ。当然壮平の記憶に男の名は無い。
「ワシは貴殿を知らぬ、そちの名を申せ」
本来ならこのような失礼極まる男など無視するのだが、いかんせん駕籠の者が脚を止めてしまい直ぐには駆け出せない。
更に問題なのはこの男が刀を持っている点だ。見たところ侍ではない、侍でない者が何故刀を所持しているのか、ただならぬ事が起きているのは確かだ。
「拙者の名は五郎太と申します。名字は清水、生まれは福山藩宇野前国隠岐郡」
「ふむ、その国には聞き覚えがあるな」
「拙者はそこのしがない木材売りでございました」
「木材……清水……もしや清水屋の子倅か」
清水屋は二十年前に築城の木材の販売契約で争った商売敵だ。あの頃は壮平もまだ若く、色々と汚い手段を駆使して契約を勝ち取っていた。
「左様、お主の不当な行いの結果、拙者の父上は腹を切り申した」
「なんと、お亡くなりになられたか」
「白々しい、拙者の目的はただ一つ、槙島壮平をこの手で切る事! お命頂戴致す!」
――――――――
それからまた二十年の月日が流れた。
ある日、とある木材屋の元に旅装束の娘が訪れた。
「もし、こちらは清水屋でございますか?」
受付の男性が答える。
「はい、こちらは清水屋でございます。私が店主の五郎太と申します」
「それはそれは、実は折り入ってお願いがあってまいりました」
娘は店内に足を踏み入れ、そのまま五郎太の傍に寄った。腰を降ろそうとしたが、その際足を滑らせて倒れてしまう。
「おっと」
すんでのところで五郎太が手を差し伸べて転倒は避けられた。
「ありがとうございます」
「いえいえ……うっ」
五郎太の身体に激痛がはしる、遅れて内蔵から押し上げられた血液が逆流して口から零れ落ちる。
下を見ると、自分の腹部に短刀が突き刺さっていた。
何故、と思うまでもない、この娘が指したのだ。
「私の名前は槙島おみつと申します。二十年前、貴方が殺めた槙島壮平の娘でございます」
「そうか、あの時の」
五郎太の脳裏に二十年前の情景が浮かぶ、違法に手に入れた刀を用い、復讐のため壮平を手にかけたその瞬間を。
長い年月を経て、自分の身に同じ事が降りかかったのだ。
皮肉なものだと内心毒づいて、命の鼓動を止めた。
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