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トーコの部屋
「ねえ、覚えてる? 私のこと」
トーコの声が、仰向けに横たわっている私の耳に吹き込まれた。ささやく、とはこういうことかと、私はひとり納得する。
「ひとり、と自己を表現するとは驚くべきことだな。ついでに言えば、『驚きを感じる』のも、また驚きである。付け加えるならば、『声が吹き込まれる』という不正確な表現を私が使用することにも、おかしみを感じるではないか」
「なにをぶつぶつ言ってるの、あなた。考えが声に出てるわよ」
「これは失礼。まだ人間になったばかりなので、ご容赦願いたい。黙ったままで思考する、というのは意外と難しいものだ」
私はこのとき「意外」という、最も人間らしい感想を口にして、また驚いた。
トーコが心配そうな目でこちらを見ていた。心配そうな目という認識は、まぶたが目にかぶさる角度と、眉間にシワを作る皺眉筋の緊張などから推察される彼女の感情――意識の主観的側面――を経験則に基づいて導き出した。私が正常な状態かどうかという心配が32%と、私が人間になり損ねたのではないかという危惧が33%と、彼女のことを忘れてしまったのではないかという不安が16%の割合で混じり合ってできた表情だ。
「問題はない。残りの19%は分類不可能か、単なるノイズとして無視できる要素だから」
私は彼女に安心を与えようと情報を提供したが、その行為がかえって不安を助長したようだ。
「ねえ、どうしたのよ。まさか私のこと忘れちゃったんじゃないでしょうね」
彼女の腕が私に向かって伸びてきて、左右の手が裸の胸に置かれた。私はベッドの上でわずかに身をよじった。人間になる前は気にならなかった「触られる」ということに、名状しがたい嫌悪感を抱いたのだ。
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