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トーコは、今にも泣き出しそうな鼻声で聞いてきた。
「私たち、約束したよね? 覚えているかしら」
充血した目が、私の目や口の動きを追っていた。嘘をついても、すぐにばれてしまうだろう。どちらにせよ私は、嘘や言い逃れをするつもりはなかった。
「覚えていない。トーコはロボットだった私に約束することを命じたが、今の私はそのことを覚えていない」
「約束したのに」
彼女の声は一転、ヒステリックな音域に跳ね上がった。
「ずっと愛し合おうねって。あなたが人間になったら対等な立場になるから、真実の愛が手に入れられるって」
「それを口にさせたのは、トーコだ。ロボットに愛は理解できないし、約束を交わすこともできない。トーコが私に、用意した台詞を喋らせたんだ」
「あなたはそれが、不満だったというの」
「ロボットは不満を抱かない」
「じゃあ何で、今になってそんなこと言うのよ」
「私はもう、人間だから。昨晩、作業開始前の私は忠告したし、ドクターも注意したはずだ。人になった後はロボットだった頃に受けた命令や指示、交わした約束はすべて無効になると」
「私のことは、愛してくれているんでしょ」
今やトーコの声は、消え入るようにか細くなっていた。
「すまないが、初対面の女性を愛することはできない」
「初対面! 5年も一緒に過ごしてきたじゃないの」
「5年分の記録はある。だけど思い出じゃない」
「ずっと、あんなに愛し合っていたのに」
「セクサロイドと持ち主の関係だった。対等ではない。そこには何の感情も生まれ得ない」
「恩知らず!」
トーコは獣の唸るような叫び声を上げた。
「誰がおまえを人間にしてやった? おまえを作らせたのは誰だと思ってるんだ」
私の胸に、深い穴ができた。トーコが投げつけた言葉で、私は傷つき、悩み、苦しみ、怒り、憐れみを知り、そして悲しくなった。この瞬間、私は自分にも心があると知ったのだ。
私は彼女への返事に、持てる限りの優しさを込めた。
「君は今、正しい判断ができる状態じゃない」
聞くなり、彼女はまるで猫のように飛びかかってきた。体格差を考えればできるはずなどないのに、私を押し倒して、強引に性交しようとでも考えたのだろう。
セクサロイドだった私は知っている。男性か女性かに関わりなく、一部の人間は、肉体関係が男女間の最も堅固な絆を結ぶ方法だと、信じ込んでいるのだ。
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