ある雨の日の恋人たち

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 …カチリ。店内にはマスターと、私以外に2人しかいない。飲みかけのコーヒーをテーブルに置き、小さいため息をつく。  窓の外を見ると、雨が静かに降っていた。  雨は嫌いじゃないけれど、暗くじめじめとした雰囲気は、今の重苦しい気持ちをさらに落ち込ませるには十分過ぎるくらいだった。  私は再びコーヒーを手にし、それを飲む。  ほのかな酸味を含んだ苦みは、不安定な心の波を落ち着かせてくれる。甘党で苦いモノは少し苦手な私だが、こういうときは別なのかもれないなと思った。  「お客さん、元気ないけど。どうしたの?」  マスターが心地の良い声で尋ねてくる。  「たいしたことないんです。ただ、ちょっと仕事でミスをしてしまって。そのうえ、上司にひどく怒られてしまって」  「それは大変だったね」  「私のミスですから、仕方のないことです。でも、上司に体型のとこまでいろいろ言われて……」  「お客さん、スタイルいいじゃないか」  「ありがとうございます。でも、痩せすぎだって言われたんです」  「なるほど。太ってるとか言われるのもそうだけど、痩せすぎって言われるのもセクハラだよね」  「正直、気にしてること言われるといい気はしませんからね」  あはは……と、私は力なく笑う。  カップに残った苦いそれを、一気に口に流し込む。  「ごちそうさまでした。美味しかったです」  店の外へ出ると、雨はさらに強まっていた。
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