1.婚約破棄は突然に

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 「ごめん、他に好きな人ができた。俺との婚約を解消してほしい」  商店街の喫茶店で高山(たかやま)まなみの婚約者、隆史(たかし)はそういうと、目を伏せたままアイスコーヒー特大サイズを一気に飲みした。  梅雨時の昼下がり。どしゃぶりの雨が窓に叩きつける。  「はぁ!? ……す、好きな人?」  あまりに驚いてまなみは立ち上がる。そのはずみでローズヒップティーのカップをガタンっとひっかけた。  赤くきれいな液体がテーブルの下へダラダラと流れていく。テーブルを拭いたり、まなみが突然むせて咳が止まらなくなったりしたが、やっと落ち着き、しきり直して話し始めた。 「まなみ、ほんとにごめんっ!! たまたま農機具の展示会で会ってそれで……」  「相手との馴れ初めなんか聞いてない!! 婚約破棄って、何言ってるかわかってるの? 結婚式の打ち合わせも始まって、招待状を明日にでも発送しようかっていうこのタイミングで!? どうしてよ!」 静かな喫茶店に、まなみの声が響きわたった。なにごとかと、居合わせた客や、店員が耳をすましている。 「…………」  隆史はこれ以上何も言えなかった。農機具の展示会で出会った女の子を好きになった、だから婚約を解消してくれなんて身勝手すぎる。殴られることは百も承知していた。 「もう、私のこと好きじゃないの?」  まなみは絞り出すような声で言うと、じっと隆史をみつめた。 「ごめん、ほんとにごめん……」  下を向いて頭をさげたまま、隆史は膝に置いた拳をギュッと握りしめる。
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