マイホーム侵略計画

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ

マイホーム侵略計画

「ねぇ、ちゃんと覚えてる?」 ああ。このセリフが出たときの話題は決まっている。 このセリフは聞くたびにレモンを食べた後のように私の喉をキュッと締める。 私は惚けたフリをして返事をする。 「え。何を?」 何を問われているか分かっているのだが、反射的に惚けた口調でついて出る。 妻は眉間にシワを寄せる。 まあまあ、そんなに怒ると美人が台無しだぞ。と心の中で暗唱しながら背筋ぞわぞわしていると 「もう、いいかげんにして!3000年前に約束したじゃない!地球をマイホーム惑星にするから侵略してくれるって!」 と妻から怒号が飛んできた。 「えっそんなこと言ったかなあ・・・」 ここはなんとしても惚けたい私は、ギリギリまで抗う。 「言ったわよ!3152年前の6月13日に! 【ミツコ!これからもずっと一緒にいようぜえ!それでさあ、地球っていう良い土地見つけたからさあ。あそこを俺たちの星にしちまおってそこで楽しく暮らそう!】って私の顎をくいくいしながらプロポーズしてくれたじゃない!私は忘れてないんだから!」 まったく妻はいつも自分に都合のいいことだけは覚えているなあ。 先週、人が冷蔵庫に入れて置いたプリンを食べたことはもう忘れているくせに。 それにしても我ながら青臭いプロポーズをしものだ。 今思い返すとシリウスも6等星になってしまうくらい恥ずかしい。 「いやあ。でもあいつらさあ。ここ2000年でめちゃくちゃ強くなったのよ。知ってる?戦車とかミサイルとか持ってるしさあ。宇宙からの飛来物も迎撃できちゃうらしいよ。危ないよ。今行ったら死んじゃうよ。」 とにかく地球の危険性を解くしかない。 実際にそうなのだ。私がマイホーム惑星にしようとして目星をつけた頃は、まだしっかりとした知恵を持った生物は地球には存在していなかった。 土器でドキドキしたり、田植えでサクサクしたり、祭りでピーヒャラしたり。その位の知恵だった。 いとも容易く侵略できそうな惑星だと満悦していたものだった。当時は。 ここ数百年のことだ。やつらは急激に知恵と技術を身に着けた。 内輪で争いが耐えなかった下等な知恵の生物が、いつの間にか宇宙へ飛び出してきた。 「あんたがちんたらしてるのが悪いんでしょう!1000年前なんて毎日和歌読んで玉蹴って時間つぶしてるようなぐうたら生物しかいなかったのに!もう私たちの子どもも1552歳になったし早くマイホーム惑星見つけてあげなきゃ、落ち着かないでしょう!」 ちんたらしていたというが、やはり生物が生きているところを侵略するのはどうしても気が引ける。 私はどちらかというと温和な性格なのだ。闘いは好まない。 幸い、地球は他の同胞も目をつけていないだった。我々の住む銀河とは別の銀河にあるため、住みやすい惑星と言っても少し遠い。 私の住んでいる銀河で仕事や家族のある者は、銀河を超えてマイホーム惑星を持つのは何かと大変なので、誰も手を出さなかったのだ。 だから私は、ゆっくりと氷河期や小惑星の激突などの地球の自然滅亡の機会を伺っていたのだ。 「そもそも」 妻はまだ何か言いたいことがあるらしい。 「あなた5000年前にも約束をはぐらかそうとしたことあったわよね。私の誕生日に最新式の宇宙船を買ってくれるって言ったのに、結局買ってくれたのは500年落ちの中古のソーラー充電式の宇宙船じゃない!私はダークエネルギー式の宇宙船がほしかったのに!」 「おいおい。それはもう終わった話じゃないか。今更持ち出さないでおくれよ。」 当時の私は新婚ホヤホヤで少し浮足立っていた。 少々高いものでも、ローンで買えばなんとかなるだろうと思っていたのだ。 だが実際に、宇宙船を見に行ってみると妻が欲しがっている宇宙船は目からビームが出るほど高額だったわけである。 男としては不甲斐ないばかりであるが、ランクを下げるしか方法がなかったのだ。 「終わった話じゃないわよ!周りのママは皆ダークエネルギー式の宇宙船で子どもの送り迎えしているのに、私だけソーラー充電式なのよ!」 「だけってことはないだろう。」 妻はいつも大げさに言う。 「だけ!なのよ。太陽から充電してるなんて恥ずかしくて星端会議もできないわ!」 ぷんすか。ぷんすか。とまるで漫画みたいに怒っている。大方、銀河公務員のエリート夫を持つお金持ちママに何か言われたんだろう。 「でもさぁ。地球に住むとすると今の職場から220万光年は離れてるんだよ。そうすると通勤が結構大変になるし・・・」 昔の話を掘り返されるとこちらが不利になるのは自明なので、話を元に戻して一応、今後の生活への支障を妻に説いてみる。 妻は肩をすくめて呆れたようなポーズをした。いや、至極真っ当に呆れていた。 「あなたは単身赴任をすればいいじゃない。」 ああ。いつから私と女房はこんな尻に敷かれる関係になってしまったのだろう。出会った頃はもっと純朴な可愛げのある少女だったのに。 子どものことを考えるなら一緒に暮らしたほうが良いじゃないか! と反論の言葉が喉の先まで出かかったがやめた。ここで反論すると超新星爆発並の怒りが飛んでくることは目に見えている。 放たれたガンマ線は俺を跡形もなく消し飛ばすだろう。 とにかく地球は無理だ。地球人は短い間に強くなりすぎた。というかそもそも侵略するにしても、時間とお金がかかり過ぎて、俺の給料じゃ到底侵略しきれない。 しかし、妻にどうやって諦めてもらおうか。 そうだ!オレたち夫婦が出会ったあの星はどうだろうか。今は確か誰も住んでいない更星になっている筈だ。 妻ももあの星ならきっと喜んでくれるはず。早速提案してみよう。 「なぁ、ミツコ。俺たちが8200年前に出会ったあの星のことなんだけだ・・・」 「それ。誰の話よ。私達が出会ったのは7800年前よ。」 あ。しまった。これは前の彼女のときの思い出か。 「ムキー!貴方はいつもそう!なんでそんなに適当なこと言って人を怒らせるの!」 「ご、ごめんなさい〜。ちょっと勘違いしてただけだよー。」 ねえ、あなた覚えてる? いつもあなたはそうやって適当なことを言うけれど、一つだけずっと守ってくれている約束があること。 そのおかげで私達家族は3000年の間ずっと楽しく暮らせてるの。ありがとう。 でも、地球侵略の話も守ってね。だから 「つべこべ言わず侵略してきなさーい!」
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!