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あの夜出会ったのは
「もっと大きな声で吠えてもいいのに」
麗子は少し残念そうだ。麗子はオオカミの姿の俺を、とても気に入ってくれているらしい。
『今の日本にオオカミはいない。小さな声なら犬の遠吠えとしてなんとかごまかせるけど、大声だとさすがにバレるだろ?』
「今どきの人たちは、オオカミの遠吠えなんてわかるわけないわ。でも近所迷惑だって通報されたらイヤね。ここに住めなくなったら困るもの」
どうやら納得してくれたようだ。
しかし参ったな。オオカミに変身してしまうと、すぐには人間の姿に戻れない。今夜は麗子と甘い夜を過ごしたかったのに。ああ、残念だ。何もできないじゃないか。
その場で尻尾をまるめ、体を伏せることしかできなかった。すると麗子が俺の頭をゆっくりと撫でてくれた。
「思い出すわね、あなたと初めて出会った夜のことを」
麗子は満月を見つめながら、うっとりと呟いた。
麗子と初めて出会ったのは、一年ほど前のことだった。その日も満月で、どうしようもなく体が疼いた俺は、オオカミの姿で夜の散歩に出かけた。
普段なら夜であっても、人の姿は絶えることはない。
けれどその頃は、とある感染症のため、人々が夜の街から姿を消していた。だから俺は安心して出かけることができた。
悠々と夜の街を疾走していると、マスクをつけた黒髪の女を発見した。艷やかな長い髪が月夜に照らされ、女の美しさを怪しく彩る。
その白いマスクの女こそ、口裂け女と呼ばれる麗子だったのだ。
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