第1話 妖怪学校

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 学校から帰ってきて、夜。リビングでテレビを見ていると、電話が鳴った。お母さんが電話越しの相手としばらく話して、 「ちよのー、お父さんの傘が壊れたみたいだから、駅まで迎えに行ってくるわね。もう、世話が焼けるんだから。帰りにコンビニでアイスでも買ってもらおうかしら」  ちょっと怒ったような顔をした。  屋根を叩く雨音が聞こえている。六月は雨の季節だ。こんな日に傘が壊れちゃうなんて、お父さんも災難だなあ。 「お留守番お願いね。ちゃんと宿題しておきなさいよ」 「はーい」  お母さんが玄関を出て行く音を聞いて、わたしは二階の部屋で宿題を始めようとした。そこで気づく。  教科書がない!  鞄の中を全部ひっくり返してみたけど、やっぱり数学の教科書がない。もしかして、学校に置き忘れちゃったのかな?  どうしよう、あれがないと宿題できないのに。クラスの子に写真を送ってもらう? そう思って、スマホを片手にもったけど、結局、だれにも連絡をしないまま手放した。  急にわたしがそんなお願いをしたら、びっくりさせちゃうかもしれない。入学式から二か月。わたしはまだ友だちがいなかった。  わたしがこの街に引っ越してきたのは、入学式前のギリギリだった。今通っている八坂北中学校は、八坂北小学校を卒業した生徒ばかりが入学している。だからみんな昔からの仲良しグループで固まっていて、よその小学校から来たわたしの入る場所はなかったんだ。 「学校に取りに行った方が、早いかな」  カーテンを開けると、学校がすぐそこに見えた。十分あれば、行き帰りができちゃうくらい距離が近いんだ。朝はゆっくり寝ていられるから、結構便利。  お母さんたち、帰ってくるの遅いだろうなあ。絶対コンビニで「どのアイスにしようかしら」って長い間迷うはずだ。お母さんもお父さんも、そういうのを決めるのが遅いから。 「一人で行くのは怖いけど……、すぐ近くだし、いいよね」  宿題を終わらせるためだもん、と言い聞かせて、スマホのライトをつけると、おそるおそる夜の道に踏み出した。とっぷり街をおおう暗闇に、雨音だけが響いている。  いつも通っている道なのに、はじめての場所みたいだった。家と家の間の小道なんて本当に真っ暗で、そこからお化けなんかが出てきたら……なんて考えて、ぶんぶんと首を振った。  無心で足を動かしていると、いつのまにか学校にたどり着いていた。でも、校舎に灯りはない。 「だれも、いない……?」  つぶやきながら、背中がぞくりとした。学校の噂を思い出したんだ。  この八坂北中学校、実は怖い話がたくさんある。理科室から物音がするとか、放送部のCDの中に呪いの歌があるとか……。近所では「妖怪学校」なんて言われているくらいだった。だから先生たちも夜になるとすぐに帰ってしまう、と聞いてはいたけど……本当にいないみたい。  怖い話、本当なのかも。体がぶるりと震えた。  人がいないなら、校門も閉まっているはずだ。だけど、すこしだけ門が開いているのに気付いた。あれ、と思って手をかけてみると――、ぎいっと音を立てて、重たい門が動いた。ちょうどわたしが通れるだけのすき間ができる。 「開いちゃった……」  ぽかんと立ちすくんで、前を見つめた。ぽっかりできた、校舎への道。なんだか校門のすき間が、おいでおいでとわたしを誘っているように見えた。  夜の、妖怪学校。  ごくりとつばを飲み込んだ。怖いけど、教科書は必要だし……、行くしかない……かな。  ぱちん。  わたしは、頬を叩いて気合を入れると、校門のすきまに身をすべらせた。正面玄関を通って、校舎の中へ。  こっそりと廊下をうかがう。ぴゅうっとすきま風が吹いて、体が跳ね上がった。だって、いかにもな雰囲気なんだ。理科室の人体模型とか、美術室の奇妙な絵とかが頭をよぎった。怖いものが、なにも出てきませんように……!  足元から廊下の先にかけて、ゆっくりとスマホのライトで照らす。よしよし、なにもなさそう……、と思ったときだった。 「あれ。お前、だれだ?」  突然、廊下の先から声がした。男の子の声だ。  わたしはびくっと固まった。  な、なんで男の子の声⁉ 子どもがここにいるわけない。だって、今は夜なんだし! ……あ、でも、わたしだって子どもなのに学校にいるんだっけ。じゃあ、わたしと同じような子が?  考えている間に、たたたっと軽い足音がむかってきた。すごく軽い音。わたしは首をかしげた。人の足音にしては、軽すぎるんだ。  廊下の先から、小さな影が飛び出した。 「もしかして新入りか? はじめましてだな!」 「……え?」  暗闇から飛び出してスマホのライトに照らされたもの。それは、キツネの姿だった。耳は三角で、こげ茶色の毛をしているけど、しっぽの先は白色。ぬいぐるみみたいに可愛い姿は、どこからどう見てもキツネ。なんだけど……、今、この子から声がしたような……。  わたしは目を(またた)いた。すると。 「どうした? なんでなにも言わないの?」  また、声が。  キツネが、しゃべっている……! 「お前、新入りだろ? そうだよな! だったら、みんなに紹介しないと! こっちだぞ!」  キツネはくるりと背を向けて、走りだす。  これは夢? わたし、いつのまにか寝ていたのかな。 「おーい、こないのか? ほらほら、早く! 行くぞ!」 「え、ちょっと、……待って!」  わたしはわけもわからないまま、とっさにキツネを追いかけた。  有名な小説、『不思議の国のアリス』の主人公は白うさぎを追いかけて、不思議の国に迷い込んだ。わたしはキツネを追いかけて……、どこに行くんだろう。わからないけど、とにかく、軽やかな足取りのキツネを見失わないように、廊下を走る。  ……あ、廊下走ったら、先生に怒られちゃうな。先生、今はいないみたいだけど。
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