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「よし、到着! ここにみんないるぞ!」
「ここに……?」
たどり着いたのは、一年二組。わたしの使っている教室だった。
キツネはああ言うけど、扉にある小さな窓からは真っ暗な教室しか見えない。
「だれも、いないけど」
「いやいや、いるんだよ」
キツネが歌うように言って、前脚で器用に扉を開ける。
「えっ⁉」
急なまぶしさにおそわれて、思わず目を閉じた。それに、音が。さっきまで廊下は静まりかえっていたのに、扉を開けた瞬間に騒がしい音に包まれた。いくつもの声が飛び交って、昼間の学校みたいな騒がしさだ。
ゆっくり、目を開く。なぜか電気がついて明るい教室には、たくさんの不思議な姿があった。
鳥や虎の姿に似たようなもの。真っ黒な影みたいなものから、白くてほわほわしながら空中をただようもの。人間みたいに見えるけど、どこかあやしい瞳をしているもの。そんな不思議な生き物たちが、楽しそうに笑い声を上げている。
「なに、ここ……」
「なにって、決まってるだろ。ここは、妖怪学校だ!」
隣のキツネが笑う。
「それにしてもお前、うまく人間に化けてるな。お前もキツネ? それともタヌキ? もともと人型って線もあるけど」
キツネ、タヌキ、化ける……?
もうわたしは頭がパンクしていて、ぼんやりとキツネを見つめた。
「なあなあ、どうなんだ?」
「え、えっと……」
言葉につまった、そのときだ。
「コンスケ、そいつは人間だぞ」
教室の奥からすっと人影が現れた。それは、わたしの知っている男の子だったから、思わず目を丸めた。
「なんでこんなところにいるんだよ、ちよの」
「カイトくん!」
眉を寄せて歩いてくるのは……、眠り王子のカイトくんだ!
学校の制服じゃなくて、黒いパーカーとジーンズを着ている。カイトくんはもともと、髪も瞳も、きれいな黒色だ。わたしだって黒髪だけど、光の下だと茶色にも見える色だった。でも、カイトくんは純粋な黒。服も相まって、闇に溶けちゃいそうな姿。
なんで、カイトくんがここに……⁉
わたしが固まっていると、カイトくんはため息をついた。
「校門あけたの、コンスケか。鍵かかってたはずなんだけど。どうすんだよ、人間をこんなとこまで連れてきて」
「おいおい、校門はオレじゃないぞ! たぶん、ガッコウのしわざじゃないかなあ」
「ああ……、なるほど、ガッコウか。じゃあなんか意味があるのかもな。普段なら、絶対人間を入れるなんてしないし……。で、ちよのは、なんでここにいるんだ?」
「えっ」
カイトくんたちの会話がまったく理解できなくて、またぼーっとしていると、視線が向けられた。
「きょ、教科書を探しにきたの。数学の。宿題出てたのに、持って帰るの忘れたみたいで」
「あー、そういえば、宿題あったっけ。お前真面目だな。明日の朝にでもやればいいのに。オレもまだやってないや」
カイトくんはわたしの机まで歩いて行って、教科書を手に取ると戻ってきた。
「ほら、これだろ」
「……ありがとう」
カイトくんはあまりにも普通に、まるでお昼の教室で話しているみたいに声をかけてくる。でも、今この教室にいるのはいつものクラスメイトじゃないんだ。
「なんか言いたそうな顔だな」
「それは」
それはもう……、たくさん言いたいことがある。でも、うまく言葉が出ない。
だって、目の前にしゃべるキツネがいて、よくわからない姿をした生き物がたくさんいて、それなのにカイトくんはいつもと同じ態度で……。聞きたいことは山ほどあるんだ。
「そっかあ、お前、人間だからなにも知らないんだな。じゃあオレが教えてあげるぞ!」
ふいに、たんっと床を蹴って、キツネがわたしの肩に飛び乗った。思わず叫んで振り落とそうとしてしまったけど、キツネは器用にわたしの手をよけて、肩に乗ったまま続ける。
「オレたちはな、妖怪だ。オレはキツネの妖怪、コンスケだぞ!」
「……よ、よう、かい?」
「そうだぞ」
そういえば、さっきも「妖怪学校」とか言っていたっけ。でも妖怪って、絵本とかお話の中だけのものなんじゃないの? 信じられない……。あ。そうか。
ぱちんっ!
わたしが頬を叩く、大きな音が鳴った。カイトくんがびくっとして目を丸くする。
「なにやってんだ、お前」
「夢かなあ、と思って……」
思いきり叩いた頬はじんじんとして、思わず涙目になった。
「いひゃい……、ってことは、夢じゃない?」
「落ち着けよ、ちよの」
ぽんっとわたしの頭にカイトくんの手が乗る。どうどう、となだめられた。まるでペットみたいな扱いだ。でも、おかげですこし冷静になった。
「……妖怪」
目の前にいる不思議な生き物たちは、みんな妖怪……。夢じゃない、現実の光景。そう理解すると、体が一気に冷たくなった気がした。昔話とかで、妖怪は人をいじめるし、食べることもあるよね……? わたし、もしかして、食べられる⁉
「なになに? 人間の子ども?」
「珍しい~!」
「ボクも見たいっ!」
突然、だだっと妖怪たちが駆け寄ってきた。
「ひいっ……!」
わたしは勢い良く後ずさりして、廊下の壁に背中を打ち付けてしまった。ガンッとすごい音がなって、背中に衝撃が走る。
「おいお前ら、あんまり怖がらせるなよ」
「はーい!」
カイトくんの言葉に妖怪たちは元気よくうなずく。
わたしの目の前には、虎みたいな姿、ペンギンみたいな姿、それから鬼のお面をかぶった姿という三体の妖怪がいる。全員、わたしよりも体が大きい。彼らの後ろにも、興味深そうにこちらをうかがう妖怪たちがいる。
「なあなあ、名前は?」
「今、何歳? 百歳くらい?」
「ばか、人間は寿命がすっごく短いんだぞ。人間の百歳なんて、よぼよぼのばあちゃんだ」
「なあ、名前は?」
ぐいぐいと迫る妖怪たち。わたしは恐怖のせいで、大人しく声を絞り出すことしかできなかった。
「し、白梅ちよの、です……」
必死にそう言うと、
「ちよのかー! よろしくな」
「人間の友だちって作ってみたかったんだあ。仲良くしてよ!」
陽気な声に包まれた。
……あ、あれ?
「な、怖くないだろ。……夜の学校は妖怪の遊び場なんだ。人間の授業の真似事をしたり、体育館で走り回ったり、こいつらは気ままなもんだよ」
カイトくんは妖怪たちの後ろでそう言った。
「そうだぞ。オレたちは自由気ままがモットーだからな! まあ、たまーに怖い妖怪もいるけど」
「こら、コンスケ。余計なこと言うな」
肩の上で、キツネの妖怪コンスケが首をすくめた。ふわふわの尻尾が頬をくすぐる。
「……妖怪って、本当にいたんだ」
ぽつりと言えば、コンスケがうなずく。
「いるいる。妖怪はどこにでも。ただ人間たちが気づかないだけだよ」
妖怪。でも……、あんまり怖くないみたい。むしろ、ちょっとかわいい……? 妖怪って、こんな感じなの?
「ほら、お前ら。いつまでちよののこと囲ってるんだ。教室戻れ」
「はーい」
カイトくんが呼びかけると、妖怪たちは素直にうなずく。まるで先生と生徒だ。
そのとき、わたしははっとした。カイトくんは、なんでここにいるの? 妖怪たちとも仲がよさそうだし。どうして? もしかしてカイトくんも……?
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