第1話 妖怪学校

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第1話 妖怪学校

 あなたの学校に、トイレの花子さんの噂はありますか?  三階の、三番目のトイレを、三回ノックして、「花子さん、遊びましょう」と呼びかけると――。この中学校にも、そんな噂のトイレがありました。でも最近、ちょっと様子がおかしくて……。  あ、それから、お化けの話なら、もう一つ。実はこの学校、デルんです。  なにって、それはもちろん――、賑やかな妖怪たちと、半妖の男の子が。 *****  眠り姫ならぬ、眠り王子が寝息を立てていた。  なんで、こんなところで寝てるの? だってここは、トイレの前の廊下なのに。もしかして体調不良? 有名な眠り王子のことだから、ただ寝ているだけって気もするけど。でも本当に体調不良なら大変だし……。わたしは視線を行ったり来たりさせて、たっぷり迷った。 「あ、あのー……」  結局無視もできなくて、控えめに声をかけてみたけど、反応はなし。 「あの、カイトくん」  黒い学ランに包まれた肩をつんつんっとする。反応なし。きれいな顔で眠ったままだ。真っ黒の髪はつやつやサラサラだし、顔なんて人形みたい。いつも眠っているから、眠り王子なんて女の子たちに呼ばれているくらいだった。なんて、みとれている場合じゃなくて。 「カイトくん!」 「……だれ?」  あ、やっと起きた。いつもは切れ長の黒い瞳をぼんやりとさせて、カイトくんがわたしを見る。 「白梅(しらうめ)です。同じクラスの」 「ああ、転校生の……、ちよのだっけ。……なんか用?」 「えっと、その、体調悪いのかなって思ったんだけど……大丈夫?」 「んー、ぜんぜん元気。寝てただけ」  ふわっとカイトくんはあくびをしながら言った。寝てただけって……こんなところで? 不思議には思ったけど、とにかく、わたしの早とちりだったみたいだと気づいて、あわてて頭を下げた。 「起こしちゃってごめん。どうぞ二度寝をしてください……!」 「いや、しないから。もともと寝たかったわけじゃねーし。普通こんなとこで寝るやついないだろ」  カイトくんはなぜだか呆れたような顔をした。 「でもどうせなら、もうすこし早く起こしてほしかった。またあいつに文句言われるなあ」  わたしが首をかしげると、カイトくんは面倒くさそうに起き上がりながら、女子トイレを指さす。 「なあ、ちよの。トイレ見てきてくれない? 花子のトイレ」 「え?」 「トイレの花子さん、知らない?」 「それは、知ってるよ」  花子さんの噂なんて、どこの学校にもある怖い話だ。でもこの学校では、最近ちょっと特別なことになっている……。だって。 「落書きの噂も知ってるか?」  カイトくんがわたしの心を読んだみたいに言った。 「一応……」 「なら、話は早いな。その落書きがあるか見てきてほしいんだ。オレは男だから中に入れないし」 「……ええっ! わたしが?」  なんてことを頼んでくるんだ、この王子は。だって、花子さんの呪いのトイレだよ? その落書きを確かめてくるなんて。 「大丈夫。朝なんだから、花子は寝てる。出てこねーよ。だいたい、あんな落書きを花子がするわけないだろ。生徒か先生のしわざだって。呪いじゃない。だから見てきて」  またわたしの心を読んだみたいに言う。じっと、黒い瞳に見つめられた。クラスメイトのお願いごと。これは……、とっても断りづらい。断ったら、がっかりさせちゃうだろうし。それは嫌だった。  だから、つい、言ってしまった。 「わかった」  ……言ってしまった。怖いの苦手なのに。お母さんにはよく「人のお願いを断らないのが、ちよののいいところで悪いところよ」と言われるけど、またやってしまった。  一回うなずいてしまえば、ぎこちない足取りでトイレに向かうことしか、わたしにはできないんだ。カイトくんはひらひらと手を振った。 「い、いってきます……」  わたしは、おそるおそるトイレに足を踏み入れた。しん、としていた。人はいないみたい。入ってすぐに手洗い台と、鏡。そしてその奥に、個室のトイレが並ぶ。早く確認して、トイレから出よう。そう思いながら視線を走らせると、あるものが目に入った。 「あっ……!」  さあ、っと顔から血の気が引くのが自分でもわかった。  普通のトイレなら、人が入っていないときは扉が開けっ放しになるはずだ。でも三番目の扉――、花子さんのトイレの扉だけが、なぜか閉まっていた。それになにより……。  赤い、落書きが。  わたしは身をひるがえして、トイレから逃げ出した。  落書き。真っ赤な落書き。……花子さんの呪い! 「カイトくんっ! あった、あったよ!」 「あーあ、あったか。また怒られるなあ……」  あわてるわたしとは違って、カイトくんはいつもと同じ眠そうな声でつぶやいた。 「まあ、仕方ないか。ありがと、ちよの。助かった」  わたしの頭をぽんっとなでると、カイトくんはそのまま片手をあげて歩いていってしまった。そんなカイトくんの行動に、わたしは恐怖も忘れてきょとんとした。クラスメイトの男の子に、頭をなでられるなんてはじめてだ。それに、そもそもカイトくんは、なにがしたかったんだろう。 「もう、なんだったの……」  意味がわからない。  そのあと、「あ、そうだ、図書室に行きたかったんだ」とここに来た目的を思いだすまでに、結構な時間がかかった。トイレの奥に図書室があって、そこに向かう際中だった。朝のホームルームまで時間がない。戸惑う頭を軽く振って、図書室に駆け込んだ。 *****  三階の、三番目のトイレを、三回ノックして呼びかける。するとおかっぱで、赤いスカートをはいた花子さんが現れる。これが八坂(やさか)北中学校に伝わる花子さんの噂。でも、最近新しい噂ができた。それがあの、落書き。  真っ赤な鳥居のマーク。神社の入り口にある、あの鳥居だ。横線二本と、縦線二本の簡単なものだけど。その鳥居を囲うように、同じく真っ赤な丸印。  今年の五月、つまり一か月前から、落書きが現れるようになった。一週間に一、二回、花子さんのトイレ限定で。だからみんな、噂をしている。花子さんの、呪いの落書きだって。  カイトくんは、そうじゃないって言うんだけど……。
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