記憶の楔《くさび》

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その朝、俺はいつも通りの時刻に自宅のマンションを出た。 8時52分発の通勤電車に乗るため少し汗ばむくらいの早歩きで駅に向かっていた。 駅の前の交差点で信号待ちしている時だった。 どこからともなく急にカラスが舞い降りて、俺のお気に入りのハンチング帽を奪って駅とは反対の方角へ飛んで行く。 咄嗟に、俺はカラスを追っていた。 この電車に乗り遅れると、間違いなく遅刻する。 けれども、それ以上に、帽子は大切なものだった。 なにしろ大学の頃から10年以上、毎日のように被っている帽子だ。
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