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ゴールイン
結婚式に参列した小堀が一番はしゃいでいて、小枝は笑いが止まらなかった。
「すてき! 最高にきれいな花嫁さん!」
「ありがとう、新居に遊びにきて」
「行くわよ、お邪魔しにね。そういえば、これからは会社でも柳井小枝?」
「ううん、面倒だもん、鶴田のままよ」
披露宴のキャンドルサービスもケーキカットも順調に進み、窮屈なウェディングドレスが耐えられなくなった頃、ようやくすべての行事から解放された。慌ただしく片づけて互いの両親に別れを告げ、二泊する予定のホテルに入る。親が特別に取ってくれたスイートルームでようやく二人はしみじみと抱き合うことができた。
「疲れたね」
「うん、でも私すごく幸せな感じ」
「僕はひたすら疲れたなあ」
なによ、つまんない人。せっかく二人きりになれたのに。
「マジで疲れたよ、マッサージ頼もうかな」
「ええ? 今?」
披露宴でほとんど食事ができず空腹だった小枝は不満の声を高らかに上げた。
「せめてごはん食べようよ。ルームサービスでも取ろうよ」
「うるさいな、マッサージが先」
「うるさいってなによ」
「疲れてるんだよ」
柳井は険しい目で小枝を見た。初めて見る顔だった。この人、こんな人だったっけ。
「結婚式がこんなに疲れるとは思わなかったからさ。式はなしでもよかったよね」
「なんでそんなこと言うの?」
「別に。疲れただけだよ」
「私と結婚したこと後悔してるの?」
「そんなこと言ってないだろ」
「だからって新婚早々マッサージって無粋すぎない?」
柳井は大きなため息をついて小枝に向き合った。
「結婚した後まで無理させるなよ。これからは一緒に生活していくんだから」
「今までそんなに無理してたわけ?」
「そんなわけでもないけど、少しはね。女に花を持たせないと」
カチンときた。この数ヶ月の甘い雰囲気はなんだったのか。
「新婚初夜なのよ、もっと二人きりを楽しんでもいいでしょ!」
「疲れてて抱く気分にもなれないよ」
「なにも抱いてくれなんて言ってないじゃない!」
「疲れてるんだよ、もう休ませてよ」
「なんなのよ、さっきから疲れた疲れたって、まだ若」
パン、と風船が割れるような音がした。小枝の目の前を星が飛ぶ。しばらくはなにが起こったのかわからなかった。平手打ちを喰らわせられたと気づくのに、数十秒を要した。
「黙ってろよ、うるさい。僕は寝る。メシ食いたきゃ一人で食えよ」
これが、結婚することなのか。熱くほてった左頬に手を当て、小枝は言葉を失っていた。
これが結婚なのか。
これが、結婚というものなのか。
【完】
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