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愛してるんです
柳井が運転する青い車の助手席は小枝専用になった。彼の運転は上手く、車酔いの傾向がある小枝でも気持ちよく乗ることができた。
小枝は日増しに心が華やいでくるのを感じ、自分の心理の変化をじっと観察している。柳井の柔らかい声を耳に覚えた。彼の手や爪の形を目に焼きつけた。間近に迫った広い肩幅の厚みと背中の大きさを感じて、首筋の香りを完璧に記憶した。彼の髪は小枝の髪の硬さとちょうど同じくらいで、指先で触れると不思議なシンパシーを覚えるほどだった。二人の仲は順調に育まれた。
両親はいつぞやの現れなかった男との再びの見合いをすすめてきたが、小枝はきっぱりと断った。
「つきあってる人がいるから」
母親は目を丸くして、「知らないわよ、そんな話し」と叫ぶ。
「私ももう三十歳に近いんだから。自分で好きな人くらい見つけるわよ」
「じゃあお見合いはどうするのよ」
「しないったらしない」
父親は苦虫を噛み潰したような表情で呟く。
「どこの馬の骨だ、それは」
「馬の骨とは失礼ね。同じ会社の後輩よ」
「年下か」
「だからなんだっていうの」
「釣書きを持ってこさせろ」
「お父さん、もうそういうのやめてよ!」
古くさい価値観の両親。今どき釣書きなど笑わせる。自分のパートナーを自分で決めてなにが悪い。柳井のどこに文句があるのか。学歴を気にしたいのならば文句なしの大学を出ているし、礼儀もわきまえている。両親との関係も良好そうだ。仕事もがんばっているのがわかる。なにより小枝を愛してくれている。
「そのうちにお父さんやお母さんも会ってください。私、彼のことを愛してるんです」
文句がありそうな両親を黙らせて、小枝は夕食の席を立った。
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