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オーダーメイドのスーツ
新しく作るスーツの採寸でブティックを訪れた鶴田小枝は、憂鬱の突き当たりみたいな細いため息をついた。このスーツが完成したら赴かねばならない場所がある。ほんの一割一分の興味もない見合いの席だった。母が選んだ上品なオフホワイトの生地に触れ、ひやりとした良質な感触に震える。
「小枝さん、なんなの。そんなため息なんかついて」
「別に」
「せっかくお父さんが作ってくださるって言うんだから、もっと喜びなさいよ。お洋服、好きでしょ」
母からのんきな小言を浴びて、オーダーする洋服にはなんの罪もないことを知る。採寸を終えてそろそろ帰宅しようかと言っていたところだった。ジャケットはテーラード、ボトムは少し長めのタイトスカート。インナーには黒のシルクを合わせようか。オフホワイトに黒は寂しいだろうか。思い切ってワインレッドのブラウスにしてもいい。靴はお気に入りの5センチヒールで。
「仕事でも着られるよね、これ」
「小枝さん、こんなに上等なスーツを仕事に着ていくっていうの」
「だって使わなきゃもったいないじゃない」
我ながらセコいなと感じながら小枝は白いスーツを着てオフィスにいる自分を簡単にイメージすることができた。そうだ、見合いの日は土曜日だから、午前中は休日出勤にしてこれを着て仕事をしよう。
口うるさい母親を無視して小枝は勝手に化粧室へと向かう。なにがなんでも見合い当日の午前は出勤する。父親の顔を立てるだけの見合いなんて、ひとかけらの興味もないのだから。
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