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姉様、あの向日葵畑の真ん中で、死んでいらっしゃる姉様。
私とは違って誰からも愛されていたのに、たったひとつの失恋のために死んで。
あの日のことを覚えていますよ。膚が焦げるような、とても暑い日だった。幼い私は姉様を探し、息をあがらせて向日葵畑を走りました。その満開の黄色の中で、目蓋の裏は瞬きする度に赤くなった。
向日葵の首が向いているほうへ走れば、姉様がいると、私はなぜか知っていました。
姉様、最期に見たのは、眩しい太陽と青い空だったのでしょう。
手にパレットナイフなんか持って、仰向けになって。喉から血を流す姉様を、私は最初、ふしぎな絵のように見つめていました。
畑のすべての向日葵が、姉様に向かって首を垂れておりました。後で父様たちにそれを話したら、そんなはずはないと言われました。
姉様、あのパレットナイフ、先生のものだとはっきり知ったのは最近になってのことです。でもそれ以前から、すべてに気づいてはいました。
姉様、この夏私は、戻ってきましたよ。なにもかも懐かしいこの別荘に。裏手に、まだ向日葵畑は広がっております。
イーゼルを立てて、カンヴァスを掛けて、そこに濃淡の違う黄色を少しずつ塗っています。
すべて黄色で埋め尽くし終えると、物足りなくなります。
だから私、真ん中に、赤色をひと塗りするのです。
それで、嗚呼姉様が死んでるって、思うのです。
姉様、先生は倒れてね、先日とうとう亡くなりました。
私はそれを確かめてすぐ、ここに帰ってきたのよ。
先生はね、結局独り身のままでした。
あなたのものでも、私ものでもなかったの。
でも先生は、私の前であなたの思い出ばかり語っていた。
姉様、過去という甘い時間にとどまり続ける姉様。いなくなっても愛されている。
私、姉様みたいに愛されない。
もう、絵を描くのもやめますね。
これから向日葵畑の真ん中に、私も行きます。
手には盗んできたパレットナイフがあります。
先生には毒を盛りました。私がやったのだと、もうじき皆が気づくでしょう。
私が最期に見るのは、眩しい太陽と青い空ではない。
私に向かってなだれこむ、激しい黄色でしょう。
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