向日葵

1/1
0人が本棚に入れています
本棚に追加
/1ページ
 姉様、あの向日葵畑の真ん中で、死んでいらっしゃる姉様。  私とは違って誰からも愛されていたのに、たったひとつの失恋のために死んで。  あの日のことを覚えていますよ。膚が焦げるような、とても暑い日だった。幼い私は姉様を探し、息をあがらせて向日葵畑を走りました。その満開の黄色の中で、目蓋の裏は瞬きする度に赤くなった。  向日葵の首が向いているほうへ走れば、姉様がいると、私はなぜか知っていました。  姉様、最期に見たのは、眩しい太陽と青い空だったのでしょう。  手にパレットナイフなんか持って、仰向けになって。喉から血を流す姉様を、私は最初、ふしぎな絵のように見つめていました。  畑のすべての向日葵が、姉様に向かって首を垂れておりました。後で父様たちにそれを話したら、そんなはずはないと言われました。  姉様、あのパレットナイフ、先生のものだとはっきり知ったのは最近になってのことです。でもそれ以前から、すべてに気づいてはいました。  姉様、この夏私は、戻ってきましたよ。なにもかも懐かしいこの別荘に。裏手に、まだ向日葵畑は広がっております。  イーゼルを立てて、カンヴァスを掛けて、そこに濃淡の違う黄色を少しずつ塗っています。  すべて黄色で埋め尽くし終えると、物足りなくなります。  だから私、真ん中に、赤色をひと塗りするのです。  それで、嗚呼姉様が死んでるって、思うのです。  姉様、先生は倒れてね、先日とうとう亡くなりました。  私はそれを確かめてすぐ、ここに帰ってきたのよ。  先生はね、結局独り身のままでした。  あなたのものでも、私ものでもなかったの。  でも先生は、私の前であなたの思い出ばかり語っていた。  姉様、過去という甘い時間にとどまり続ける姉様。いなくなっても愛されている。  私、姉様みたいに愛されない。  もう、絵を描くのもやめますね。  これから向日葵畑の真ん中に、私も行きます。  手には盗んできたパレットナイフがあります。  先生には毒を盛りました。私がやったのだと、もうじき皆が気づくでしょう。  私が最期に見るのは、眩しい太陽と青い空ではない。  私に向かってなだれこむ、激しい黄色でしょう。
/1ページ

最初のコメントを投稿しよう!