クリスマスおでん(3)

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クリスマスおでん(3)

 叶恵は芽衣を人の波から庇うようにして歩いた。  エレベーターの前まで着くと、どちらからともなく握った手を放した。上階行きを示すボタンを押し、エレベーターが来るのを待つ。   「そういえば」芽衣は思いついて尋ねた。「葵ちゃんはクリスマスに何が欲しいとか、言ってる?」 「ゲームのソフトですね。友達が持ってるのと同じのが欲しいって」 「ソフトかあ……」  それってプレゼントの予算をオーバーするんじゃ……。ひやりとして、叶恵の横顔を窺うと、 「だけどそっちはすでに母という名のサンタにお願い済みです」  という答えが返ってきた。安堵すると同時に、なんだか叶恵の言い方が可愛らしくて、芽衣は笑みをもらす。 「サンタさんの正体がお母さんって、葵ちゃん知ってるんだ?」 「夜中、枕元にプレゼントを置きに来た母の姿を、うっかり見てしまったとかで」 「じゃあ、ショックだったんじゃない?」 「いえ、むしろ葵は母に感謝してましたね。今までのプレゼントも全部お母さんからだったの? ありがとうって」 「うわあ、なんだか葵ちゃんらしい」  芽衣と叶恵は和やかに会話しながらフロアを歩き、気になったショップを覗いていった。  そうしていくつかの候補を挙げた後、芽衣の見立てで、プレゼントはジュニア向けコスメに決めた。 「低刺激で肌にやさしい仕上がりになってるし、発色もきれいだよ。お湯だけで落とせるマニキュアとか、色付きリップ、香り付きのハンドクリームなんかどうかな」  叶恵は物珍しげにパッケージを眺め、 「俺ひとりだったら、きっとコスメなんて選択肢に入らなかったです。芽衣さんに選んでもらって良かった」  と感嘆の息をもらした。 「葵ちゃん、プレゼント喜んでくれるかな?」 「はい。絶対喜ぶと思います。葵、七五三の撮影で化粧してもらったとき、すごくはしゃいでましたから」    会計を済ませてショップを出ると、 「この後どうしますか?」  叶恵が言った。 「芽衣さん、何か見たいものとかないですか?」 「見たいもの? えーっと……どうしよう」 「それとも、お茶でもします? 一階にカフェが入ってましたよね」 「そうだね。ちょうどお腹も空いたし、行ってみようか」    並んで歩きだしてすぐ、雑貨屋の前で芽衣は気になるものを見つけた。 「あ、ちょっと待って叶恵くん。ここ見ていってもいい?」  立ち止まり、たくさん並んだスマホケースの一つに手を伸ばす。「これ、可愛い」 「芽衣さん、ケース替えるんですか?」  叶恵も覗きこんできた。 「うーん」芽衣は少しの間迷い、 「でもいい。やめとく。今使ってるやつ、まだ新しいし」  せっかくだからと、芽衣と叶恵は雑貨屋の中を見て回ることにした。ポーチや小物入れなどが並べられた棚の隣に、アクセサリーのコーナーがある。じっと眺めていると、叶恵が距離を詰めてきた。 「芽衣さんもやっぱり、こういうの好きですか?」 「うん、好き。憧れるけど――」  芽衣はちょっと肩を落とす。 「わたしにはまだ似合わないかなって思う。こういうデザインのネックレスは、もっと大人っぽい人のほうが似合いそう」 「そうですか?」  叶恵は首を傾げ、しげしげとディスプレイされたアクセサリーを眺め渡した。 「じゃあ指輪はどうですか?」 「え? 指輪?」 「気に入りませんか?」 「そうじゃないんだけど……指輪ってなんとなく、意味があって身につける気がして……」  例えば、恋人とペアでつけるとか、何かの記念に贈られるとか、そんなシチュエーションを連想する。 「ここにある中で、わたしがつけててもおかしくなさそうなのといえば……この辺かな」  芽衣はヘアクリップを指差した。 「なんですかこれ?」  叶恵が眉間に皺を寄せ、芽衣の示した方向を注視する。 「髪の毛をまとめるためのアクセサリー、かな?」 「へえ。じゃあ料理するとき、前髪留めたりできるのかな」 「そういえば叶恵くん、いつも葵ちゃんのヘアゴム使ってるよね」 「はい。他に前髪留められそうなものがうちにないので」  叶恵はそう言った後で、 「そうか、これを買っておけば、今度からクリップで前髪留められるわけですね」  大真面目な顔でクリップを選びはじめた。  そんな叶恵を、芽衣は微笑ましいと思いながら眺めた。こんな目的でアクセサリーを選ぶ男子など、他にいないだろう。  少しすると、叶恵は芽衣を振り返り、 「ていうか俺、真剣に選びすぎですよね。すみません」  気恥ずかしそうに笑った。 「そろそろカフェに移動しましょうか」 「うん、そうだね」    雑貨屋を出ると、叶恵はスマホを取り出し、 「たぶんこの時間なら、カフェ並ばずに入れるかな……」  時刻を確認した。その背後から、 「……もしかして、叶恵くん?」  と声が上がる。  叶恵はハッと視線を上げ、振り返った。「詩織さん……?」  ひとりの女性が立っていた。ふわりとしたニットに、タイトスカート。ゆるくウェーブがかった髪の隙間で、金色のピアスが揺れている。 「久しぶり」  叶恵と目を合わせ、微笑む女性。  その姿を見て、芽衣はたじろいだ。  ――叶恵くんと一緒に写真に写っていた人だ……。 「ああ、そうか。こっち帰ってきてたんですよね」  叶恵が言い、詩織さんと呼ばれた女性は、 「あら、なあにその言い方。たった今思い出したみたいな」 「すみません。だけど別に忘れてたってわけじゃ……」 「もしかしてわたしが留学中だったってことも、今思い出したんじゃないの?」  と冗談めかした感じで、女性はしかめ面をしてみせる。 「そんなことないですよ。壮行会だってしたじゃないですか」 「そういえばあのとき二人で写真撮ったわよね。どこにやった?」 「ああ、どこだったかな……。確か何かの本に挟んだままで……」 「薄情ねえ。思い出の写真なんだから、大事に扱ってちょうだいよ」 「すみません」  困った顔で頭をかく叶恵。思わぬ再会で興奮しているのか、声は上擦り、いつもより早口になっている。一方、そんな叶恵をたしなめる女性は、ゆったりとしていて余裕の態度。  芽衣は胸にチクチクとした痛みを感じながら、叶恵を窺った。  ――こんな叶恵くん、見たことない……。  女性を前にした叶恵は、普段の姿よりあどけなく、無防備に見えた。それだけ、相手に心を許しているということなのか。    近況を語り終えたらしい女性が、 「それで、こちらは?」  おもむろに芽衣へと顔を向けた。  芽衣はびくりと肩を跳ね上げ、 「あ、ごめんなさい。えっと、大原芽衣といいます」  挨拶する。  慌てる芽衣の姿がおかしかったのか、女性はクスクスと笑いをもらした。普通なら嫌味にも見えそうな仕草だが、彼女がするとどこか上品だった。 「芽衣さん……なんだか可愛い人ね」 「あ、いえ、そんな……」  両手を振って、全力で否定する。  女性はまたしても笑みをもらした後、優雅に会釈した。 「東堂詩織です。よろしくね、芽衣さん」  横から、叶恵が言い加える。 「詩織さんは俺が中学のときの家庭教師なんです」 「家庭教師……」  芽衣は口の中でつぶやいた。叶恵の恋人というわけではないのか。ほっとした途端、膝の力が抜ける。   「それで今はね、家庭教師を辞めて、海外留学中の身なの。少し前に帰って来て、国内を旅行してきたばかりなんだ。やっぱり日本に帰ってきたなら、温泉は入っておきたくて」  詩織は弾むような節で、そう説明した。 「詩織さん、しばらく日本にいるんですか?」 「そうね。年末年始は日本で過ごしたいし。お正月は実家に帰らないと」 「慌ただしいですね」 「そんなことないわよ。現に今はこんなふうにのんびり買い物してるわけだし」  ふふふと、詩織が声をもらす。  笑顔のバリエーションが多い人だ。 (詩織さんってよく笑うし、落ち着いてるし、素敵な人だな……)    尚も叶恵と詩織の立ち話は続き、芽衣はその間、二人の傍にたたずんでいた。 「あ、わたしお邪魔だったわよね」  やがて気が付いたように詩織が言い、 「そろそろ行くわね」  と片手をあげる。 「芽衣さんも、時間とらせちゃってごめんなさいね」 「いえ、そんな……」 「じゃあ叶恵くん、またね」 「はい」  去っていく詩織の後ろ姿を見つめながら、芽衣の心は不安に揺れていた。  詩織は「またね」と言っていた。  きっと何気なく出た言葉だろう。深い意味なんてないのだろう。  だけど、やっぱり気になる。彼女はまた叶恵と会うつもりなのだろうか。今はもう家庭教師と生徒という関係ではなくなっているはずだ。それなのに会うということは、現在の二人の関係は……?
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