クリスマスおでん(4)

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クリスマスおでん(4)

 芽衣はおでん作りの練習をはじめた。  クリスマスパーティーにおでんを持っていくことは、当日まで内緒にしておく。  叶恵と葵は驚いてくれるだろうか。喜んでくれるだろうか。 「お出汁の取り方を覚えて、後はそれぞれ具材の下処理をしっかりできれば、おいしいおでんの完成よ」  母はそう言って、芽衣に作り方を教えてくれた。それからは放課後やバイトから帰った後に、こつこつ練習を続けている。  毎回、母が味見役になってくれた。 「こんにゃくが生臭い。下処理が甘かったのね」 「もち巾着のお餅が、お揚げから飛び出ちゃってるわ」 「大根は面取りするのを忘れずに。煮崩れちゃうわよ」  母のダメ出しは的確であり、厳しい。  がっかりする芽衣に、母は面白い裏技を教えてくれた。 「普通のおでんを、よりクリスマスらしく仕上げる技よ」  そうして芽衣がおでん作りに慣れてきた頃、叶恵から意外なメッセージが届いた。 『すみません。用事ができたので、今週のごはん会は中止させてください。そのぶん、来週のクリマスパーティーは期待しててくださいね』  迎えた木曜日。  本来であればごはん会が行われる日。  芽衣は放課後、叶恵に渡すクリスマスプレゼントを探すため、ひとり街を歩いていた。  見回せば、鮮やかな赤と緑の色が、目に押し寄せてくる。日暮まではまだ少し時間があるが、あちこちでイルミネーションが光っていた。街はクリスマスムード一色だ。 「叶恵くんへのクリスマスプレゼント、何がいいだろう」  悩みながら、様々なショップを流していく。すれ違う人の大半は、身を縮め、寒そうな顔で歩いていた。 「そうだ、マフラー……」  芽衣は思いついた。葵のクリスマスプレゼントを探しに行った日、叶恵も寒さに首をすぼめていた。 (マフラーをプレゼントしよう。とびきりあったかそうなやつ)  目標がはっきりした途端、歩みにも力が入る。芽衣はがしがしと足を動かし、メンズファッションの店に飛びこんだ。そこで叶恵が好みそうな紺色のマフラーを見つけた。プレゼント用に包んでもらう。 (叶恵くん、マフラー気に入ってくれるといいな……)  包みを受け取り、ほくほく顔で店を出た。そのとき、目の前の通りを信じられない光景が横切った。  芽衣は思わず、包みを取り落としそうになった。「どうして……」  叶恵と詩織、そして葵の三人が、楽しげに歩いていた。  叶恵はリラックスした表情を詩織に向け、葵は詩織の手を握って、甘えるように笑いかけている。  芽衣は素早く三人から背を向けると、その場で小さく震えた。ショックから、血の気が引いていく。足元がふらついた。  今日のごはん会を、叶恵は用事があるからといって断ってきた。その用事とは、詩織と会うことだったのだ。葵も詩織によく懐いている様子だった。    ――詩織さんと会うことは、毎週続けてきたごはん会よりも、大事だった……?  もちろん比べることではないことくらい、芽衣自身わかっている。詩織はいずれ留学先に戻るのだから、この時期を逃せばしばらく会えなくなってしまうだろう。だから叶恵が、ごはん会よりも詩織と会うことを優先させたって、何もおかしくないはずだ。  それでも、涙がとまらない。次々と目からこぼれ落ちてくる。芽衣は嗚咽をかみ殺した。  なにも、今日でなくたっていいんじゃないのか。 別の日だって良かったんじゃないのか。 詩織は年末年始を日本で過ごすと言っていた。ごはん会をキャンセルしてまで、今日、詩織と過ごす時間を作る必要が果たしてあったのか。 それほど叶恵にとって、詩織の存在は特別なのか。ただの家庭教師と生徒じゃないのか。  十二月の風にさらされ、濡れた頬が、首筋が、ひえびえと痛む。芽衣は素早く手の甲で涙を拭うと、プレゼントの包みをぎゅっと抱きしめた。  悩んだ末、芽衣はクリスマスパーティーの欠席を叶恵に伝えた。  叶恵と顔を合わせると、どうしても詩織の存在がちらついてしまい、うまく笑えない。そんな状態で、パーティーを楽しく過ごせるとは思えなかった。 「バイト休めなくなっちゃって……」  そう言い訳すると、叶恵は残念そうに目を伏せた。 「そうですか。バイトがあるんじゃ、仕方ないですね」 「ごめんね」 「いいえ、気にしないでください」  葵には俺から伝えておきます、と叶恵は言い、それきり気まずい沈黙が流れた。  時刻はそろそろ昼休みも終わるという頃合い。タイミングよく、予鈴が鳴る。助かった、と芽衣は思った。 「あ、じゃあわたし、教室戻るね」  芽衣は逃げるようにその場を立ち去った。  本心では、叶恵とクリスマスを一緒に過ごしたかった。 (明日、店長にシフトのこと相談してみよう)  クリスマスパーティーの日、本当にバイトを入れてしまえば、未練も何もなくなるだろう。  その日の夜、叶恵から着信があった。 「葵、そっちに行ってませんか?」  通話口からは、緊迫した声が聞こえてきた。 「来てないけど……。葵ちゃん、どうしたの?」 「行方がわからないんです。思い当たる場所は探したんですけど、見つからなくて」 「嘘……」 「もしかしたら芽衣さんのところへ行ったんじゃないかと思ったんですけど……」 「ううん、来てない。葵ちゃん、うちの場所知らないと思う」 「ああ、そうだ。そうですよね、すみません俺、気が動転してて……」  本当、すみませんでしたと叶恵が通話を切ろうとする。その寸前、芽衣は言った。 「わたしも一緒に、葵ちゃん探すよ!」 「え、でももう外暗いですし」 「平気だよ。バイトある日はもっと遅い時間でも出歩いてるし、夜道には慣れてる。それに、わたしも葵ちゃんのことが心配なの」  深夜とまではいかないけれど、小学生がひとりで出歩いている時間ではない。  もしも葵の身に何か起きていたらと思うと、家でじっとなどしていられなかった。  通話口から、叶恵の逡巡する息遣いがもれ聞こえてくる。やがて、 「じゃあ、すみません。一緒に探してもらえますか」  と声があった。 「ひとまず合流しましょう。俺、今から芽衣さんちに行きます」 「わかった。じゃあわたしも家の前に出て待ってる」  通話を終えると、芽衣は急いでコートをつかみ、外へ飛び出た。  近くから電話してきていたらしく、叶恵はすぐに現れた。 「葵ちゃん、いつからいないの?」 「学校からはいつも通り帰って来たんです。でもその後、俺が風呂洗っている隙に家から抜け出したみたいで」 「何か、普段と様子が違ったところは?」 「いいえ、それもいつもと変わらず。ただ――」  叶恵はそこで言いよどんだ。 「どうしたの?」 「葵に言ったんです。芽衣さんがクリスマスパーティーに来られなくなったって。そうしたら葵、どうしても芽衣さんと一緒にパーティーをやりたいって駄々こねはじめて……。あんまりしつこく言うものだから、俺もつい、葵に向かってきつい言い方したんですよね。もしかしたらそのことで俺に腹を立てて、家を飛び出したんじゃないかと」 「そんな……」  芽衣は顔を青くした。  ――葵ちゃんがいなくなったのは、わたしのせいだ。わたしがパーティーを断ったりしたから……。  なんて身勝手なことしてしまったのだろう。  後悔が押し寄せてくる。  自分の都合ばかり考えて、葵の気持ちを無視していた。パーティーを断れば、葵ががっかりするかもしれない。そんな想像すらしていなかった。 「ごめん叶恵くん。わたしのせいで葵ちゃんは……」 「いえ、違います。俺の伝え方とかその後の対応が悪かっただけです。葵がいなくなったのは全然芽衣さんのせいとかじゃなくて……」  叶恵がしどろもどろに芽衣をなだめる。  そのとき、叶恵のスマホが着信音を響かせた。 「あ、ちょっとすみません」  と芽衣に断りながら、叶恵は応答表示をタップする。「もしもし……」  叶恵は真剣な顔で、電話の声に耳を傾けていた。時折、叶恵の口から「陽太にい」という名前が出る。さらに「詩織さん」とも言っていた。 「わかった。ううん、こっちもまだ……。うん、ありがとう。じゃあ、お願いします」  短い通話を終えると、叶恵は芽衣に視線を向けた。 「陽太にいと詩織さんも今、葵のこと探してくれてるんです」  と説明する。 「わたしたちも早く葵ちゃんを探しに行こう」  芽衣は言った。    そうだ、自分を責めるのは後でもできる。今はまず、葵を見つけるほうが優先だ。
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