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クリスマスおでん(6)
「メリークリスマス!」
葵に出迎えられ、芽衣は柴村家に上がった。リビングではクリスマスツリーが点灯していた。壁には、葵が作ったというオーナメントが飾られている。
「すごい、お部屋の飾り付け可愛いね」
芽衣は目を輝かせた。それからキッチンの叶恵へ声をかける。「お邪魔します、叶恵くん。今日はお招きありがとう」
「いえ、こちらこそ来てくれてありがとうございます。今俺スープ作ってるんで、芽衣さんは葵と、ケーキの飾り付けのほうお願いできますか?」
「うん、任せて」
「こっちだよ」と葵に手を引っ張られ、芽衣はテーブルに着く。すでにクリームを塗られただけのケーキが置かれていた。傍らには切り分けられたフルーツが準備されている。
「あ、そうだ、これ」
芽衣は持ってきた袋の中から、お菓子の包みを取り出した。
「クッキーやチョコを飾るのもありかなと思って、クリスマスっぽいもの選んできたんだ。ケーキの飾り付けに使えないかな?」
星形のクッキーや雪の結晶をかたどったチョコを、テーブルの上に広げた。
「可愛い! 芽衣ちゃんありがとう!」
葵が歓声を上げる。芽衣は嬉しくなった。
葵と相談しながら、ケーキをデコレーションしていく。キッチンから出てきた叶恵が苦笑した。「これはまた、贅沢なケーキだなあ……」
フルーツとお菓子をみっしりのせたケーキができあがった。
「スープ完成したんで、そろそろ料理並べはじめましょうか。ケーキは一旦冷蔵庫に入れておきますね」
芽衣はいいタイミングだと思って、
「実は今日、おでん作ってきてるんだ……」
と、家から持ってきた鍋を取り出した。
「みんなで食べられたらなって思って」
叶恵に向け、おずおずと差し出す。叶恵の反応を待つ間、不安が胸をかすめた。
(やっぱりクリスマスにおでんっておかしかったかな……。それに二人の口に合うかも心配だな……)
「ありがとうございます」
叶恵は笑顔で受け取ってくれた。
「いい匂い。鍋ごと持ってきてくれたんですね。このまま火にかけて、温め直してもいいですか?」
「うん、お願いします」
芽衣と叶恵の間では、葵が小さく跳ねまわっている。
「葵、おでん大好き! 芽衣ちゃんどうもありがとう」
鍋を火にかけている間、叶恵が準備してくれたクリスマスメニューをいただいた。
主に葵が忙しくおしゃべりをし、それを芽衣と叶恵で聞きながら、テーブルを囲む。芽衣は海老と卵とブロッコリーのサラダを口に運び、ポタージュスープを啜り、舞茸とベーコンのピザに齧りついて、熱々のチキンを頬張った。どれも信じられないくらいおいしかった。
あらかた食べ尽くすと、叶恵は手早くテーブルの上を片付け、おでんの入った鍋を運んできた。
「では……」
芽衣はドキドキしながら、鍋の蓋をあけた。
真っ白な湯気が立ち上り、お出汁のいい香りが広がる。
すぐに葵がはしゃいだ声を上げた。「クリスマスおでんだ!」
茶色い具が多い印象のおでんの中で、緑色のこんにゃくとロールキャベツ、赤ピンク色のはんぺんと真っ赤なトマトが目を引く。
母のアドバイスを受けて完成させた、クリスマスカラーを仕込んだおでんだ。
「すごい、これってこんにゃくですよね? なんで緑色してるんですか?」
「ごぼうと一緒に煮ると、こんにゃくは緑色になるんだって。教えてもらったの」
「へえ、知らなかった」
叶恵は面白そうな顔で鍋を覗きこんでいる。
「お兄ちゃん、星形のにんじんも入ってるよ。かわいーい」
「そうだね、葵。それじゃあいただこうか」
「うん。いただきまーす」
すでにお腹も満たされている頃合いだろうと思ったが、叶恵も葵もここへきて旺盛な食欲をみせた。
「大丈夫? 無理しないでね。この後ケーキも食べるんだし」
大食いの芽衣も心配になって、二人にそう声をかけるほどだった。
「全然大丈夫だよ。おでんおいしいから、いくらでも食べられちゃう」
「ピザにチキンと洋食の味付けが続いたから、おでんはなんだか沁みますね。食べると安心するというか」
二人の言葉を聞いて、芽衣はほっと息を吐いた。おでん作りを頑張った甲斐があった。
「よし、わたしもおでん食べようっと」
鍋の中身が半分ほど減ったタイミングで、ケーキを切り分けた。
ケーキの乗った皿を片手に、ソファのほうへ移動する。
そこで葵にクリスマスプレゼントを手渡した。
「うわぁ、なんだろう」
早速ラッピングを解いた葵は、ほうっと大きく息をもらした。
「すごい。きれい……」
マニキュアの瓶を手に取り、うっとりと眺める。
「芽衣さんが選んでくれたんだよ」
「そうなの? 葵、こういう色大好き」
「良かった。これはね、アイリスって名前の色なんだよ。可愛いでしょう?」
「うん、すごく可愛い。ねえこれ、葵の爪に塗ってもいいの?」
「お湯で簡単に落とせるから、大丈夫だよ。学校がお休みの日には、これでおしゃれしてね。色付きリップのほうも、きっと葵ちゃんに似合うと思うよ」
「嬉しい。お兄ちゃん、芽衣ちゃん、どうもありがとう」
喜ぶ葵を見ていると、やっぱり小さくても女の子なんだなあと、芽衣はしみじみ思った。
数年後、葵とファッションやヘアメイクについて語り合うことがあるのだろうか。そのときまで、果たしてごはん会は存続しているのだろうか。
「途中まで送ります」という言葉に甘えて、帰り道を叶恵と二人歩いた。
「今日は本当に、どうもありがとう。ごはん、すごくおいしかった」
「こちらこそ、おでんありがとうございます。残りはまた明日、いただきますね」
「うん。お鍋返すのは、次のごはん会のときでいいから」
「わかりました」
暖房の効いた室内を出て、外の冷たい空気にさらされると、ぴりりと身が締まる感じがした。
改めて思う。今、こうして叶恵と並んで歩いていることが奇跡だ。去年の今頃はまだ、自分たちは顔も名前も知らない他人だった。
「ちょっと、寄っていきませんか?」
叶恵が立ち止まる。道路の向こう、公園を指し示した。
芽衣と叶恵が、初めて出会った公園だ。
あの頃、まだ青々とした葉をつけていた公園の木々は今、わずかな枯れ葉を揺らすばかりになっていた。寒々しい風景となった園内に、足を踏み入れる。
芽衣は、手に下げた紙袋を、ぎゅっと握り直した。渡すなら今だと思った。パーティーの場ではなんとなくタイミングを逃してしまい、叶恵にクリスマスプレゼントを渡せていなかった。
「叶恵くん」口を開きかけたとき、
「芽衣さん、これ……」
叶恵が改まった感じで、コートのポケットから包みを取り出した。「クリスマスのプレゼントです」
「……わたしに?」
「はい」
芽衣は手を伸ばし、丁寧に包みを受け取った。「今、開けてみてもいい?」
「もちろんです」
プレゼントの中身は、ヘアクリップだった。シフォン素材のリボンがついた、大人可愛いデザインだ。
叶恵と交わした、ショッピングモールでの会話を思い出した。
アクセサリーの話題になったとき、芽衣はヘアクリップを指し示したのだった。
あの日のことを、叶恵は頭に入れてくれていたのだろうか。
「ありがとう。すごく嬉しい」
芽衣はヘアクリップをそっと両手で包んだ。
「使ってくれますか?」
「うん。あ、そうだ、せっかくだから今着けてみようかな」
芽衣はマフラーに隠れた髪を、さっと引っ張り出す。
そのとき、叶恵が動いた。「じゃあ俺が着けます。芽衣さん、ここのベンチ座ってください」
「え……?」
ふいをつかれた芽衣は、目をぱちくりさせる。叶恵は芽衣の手をとって、ベンチへと誘導した。そうして後ろに回りこみ、そっと芽衣の髪に触れた。
「普段葵の髪の毛くくってあげたりしてるんで、こういうのは得意です」
芽衣は叶恵がやりやすいようにと、心持ち背筋を伸ばした。そのままじっとしていると、叶恵は慣れた調子で芽衣の髪をまとめはじめる。
「このクリップを見つけたとき、芽衣さんの顔が浮かんだんです。ひだまり色っていうんですか? 温かくて優しくて、そこにいるだけでみんなの心をほぐしてくれる……俺の中で芽衣さんは、そんなイメージなんです」
「や、わたしなんてそんな……」
嬉しいのと照れ臭いのとで、芽衣は頬が熱くなるのを感じた。今、叶恵が後ろにいてくれて良かったと思う。赤面した顔を、見られないで済む。
叶恵の指が、髪の間を通っていく。優しい手つきは、ちょっとくすぐったいけれど、とても心地いい。
「はい、できました」
自分で言っただけあって、叶恵は本当に髪をまとめるのがうまく、あっという間にクリップを着け終えた。
(髪、もっと叶恵くんに触っててほしかったな……)
などと思ってしまう自分は、欲張りだろうか。
「どうかな?」
芽衣は叶恵を振り返った。
「はい、すごく似合ってます」
「じゃあ、わたしからも……」
芽衣は今度こそ、プレゼントの袋を叶恵に差し出そうとした。だが直前で思い直して、
「今度は叶恵くんがこっちね」
と、叶恵をベンチに座らせる。そうして自分は叶恵の背後に回りこんだ。お互いの位置を入れ替えたのだ。
「メリークリスマス」
芽衣の声が、真冬の公園に響く。
次の瞬間、叶恵の首にふわりとしたものが巻かれた。
「ええ?」
叶恵は自分の首元を見下ろして、驚きの声を上げた。「マフラー?」
「クリスマスプレゼントだよ」
芽衣は叶恵の隣に腰を下ろした。
「叶恵くん、いつも首元寒そうだったから」
「ありがとうございます。これ、すっげえあったかいです。絶対大事する」
叶恵の口調が、やや砕けたものになる。本人も無意識なのだろう。
「うわあ、すごい。全然寒くない……」
大げさに喜ぶ叶恵を見て、芽衣の中にまた新しい感情が宿った。
叶恵を想うときの、きゅんと胸が苦しい感じ。
叶恵と過ごすときの、平らかで満ち足りた感じ。
だけど今のこの気持ちは、どちらとも違う。
うわああと叫んで、柔らかそうな叶恵の髪に両手を差し入れ、くしゃくしゃにかき乱してしまいたくなるような――そうだこれを、愛しいというんだ。
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