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これから語るお話は、今よりとても昔で、今より精霊が人間と友達で、今より自然と人間が寄り添っていた国のお話です。
【木苺の王と白薔薇の王子】
むかしむかし、あるところに豊かな王国がありました。
この国の民の中で飢えている者は誰一人おりません。
平穏な村や街の中には必ず木苺が成っていて、それを誰もが食べる事ができましたし、その王国には人間と同じ数程の精霊がおりました。
精霊は安穏を望みます、美しい歌、綺麗な水。誰もが惨めな思いをせずに、愛を謳歌する場所が大好きな種族です。
王国の王様はとても優しい方でした。そして戦争にお強い方でした。
王国の中は平和でしたが、外は悲惨なものです。
ただ住み家が違うだけ、言葉が違うだけ、肌や瞳の色、信じる神様が違うだけで人は、人を殺すのです。
だから王様は王国の周りに大きくて高い城壁を作りました。
そして大切な人達が住んでいる場所に決して不幸が入り込まないように、自分の手を真っ赤に染めるのです。
その王様は【木苺の王】と呼ばれておりました。それはなぜか?王様は木苺の精霊ととても仲が良かったからなのでした。
王様が最初に木苺の精と出会ったのは、王国の外でした。血なまぐさい臓物の匂いのする場所で、王様は敵兵の死骸の中に一際小さな体の持ち主を見つけました。
近寄ってみるとその亡骸は、やはり子供の姿をしておりました。
かっ、と目を見開いて少年兵は死んでおりました。
「戦で人が死ぬのは仕方があるまい、しかしこんな子供が死んでいくのは忍びない。こんな無毛な争いなどなくなってしまえばよいのだが…」
可哀そうに思った王様は、そう言ってその少年兵の瞼を閉じてやりました。その時、ふと少年兵の鞄の中から緑色の何かが見えていたのです。その鞄を王様が開けると、小さな、木苺の苗木があったのでした。どうしてそれがこの戦に必要だったのか。それは王様には解りませんが、優しい王様は哀れに思ってお城に持って帰ったのです。
王様のお城の中にはとてもとても大きな薔薇の庭園がありました。
そこはお妃さまのお庭でした。お妃さまと薔薇の精霊は小さな頃からの親友だったので、お妃さまが王様にお嫁に行く時に王様に頼んでお妃さまが広大な薔薇の庭園を王様に作ってもらったのです。
王様はその薔薇園のすみっこに、一株の木苺を植えました。
すると、「ふわあ」と一株の木苺から声がしました。それは小さな声でした。王様が驚いて見ていると、一株の木苺から、小さな小さな精霊が出てきたのです。
その姿はどことなく、あの死んだ少年兵の姿に似ていました。
「お前は木苺の精霊かい?」
優しく王様が精霊に聞くと、悪戯な顔をした精霊はえへん、と笑うのです。
「そうさ、僕は木苺の精霊だ。君が僕を土の中に埋めてくれたの?」
「そうだよ、小さな木苺よ、大きくなるまでここにいるがいいさ」
「ありがとう。ここは見慣れない土地だけど、幸せな空気の、素敵な場所だね。気に入ったよ。君と友達になってあげるよ。僕はとても美味しい。色んな人の喉やお腹を満たすことができるのさ」
なんていばりん坊の精霊なんでしょう!王様は愉快になって笑いました。そして、そうだな。と頷きました。
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