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それから、王様は不思議なことに気が付きました。
まったくお腹が減らないのです。
そればかりか、自分が流す汗が瑞々しいこと、水が一番おいしい事、太陽を浴びると叫びだしたいほどに愛しさが満ちることに気が付いたのです。
そして、王様が血を流すと。
赤黒い果汁があふれ出すのです。口に指を含むと木苺の味がします。
王様はにっこりと笑います。彼が自分の中にいるのだと信じます。
箱庭を守るために王様は城壁の外で戦います。傷ついた兵士、これから死に行く兵士の為に王様は親指を傷つけました。そして彼らの唇に王の血を垂らすのです。
兵士たちは自分たちの街や村に実る果実を思い出して涙を浮かべます。【木苺の王】は淀みなく言います。
「守ろう、私たちの王国を」
そして王様は戦いに行きます。
そして王様が戦いに行っている間、お妃さまのお腹がとても大きくなりました。
「やっとお世継ぎができた」
お妃さまは喜びました。
疲れ果てて帰ってきた王様も大喜びです。
そして十月十日を経て生まれた王子は、真っ白でした。
お妃さまと王様は黒い髪に黒い瞳です。
王子は、銀の髪、緑の瞳、青ざめた唇です。肌は透き通る白磁の肌でした。
それでも、お二人は愛しました。お妃さまは特に泣いて喜びました。あれほど欲しがっていたのですもの、当然です。薔薇の精はにんまりとしています。
けれども、変なのです。
お妃さまがお乳を飲ませようとしても飲まないのです。
無理に口に含ませても、吐き出してしまうのです。
仕方がないので山羊の乳にしても、王子は弱弱しい声を立ててお乳を飲みません。おろおろとするお妃さまに代わって、王様が王子を抱きます。すると、幼い王子が王様の親指をペロペロと舐めたのです。兵士たちのために自ら傷つけた傷口を、王子は美味しそうに舐めるのです。まさか、と王様は思いました。そこで王様は新しく親指を傷つけました。新鮮な果汁がぷつ、と王様の指からこぼれます。王子はそれをちうちう、と飲みました。
王子が王様の指を吸うたびに、王子の頬は赤く、唇は朱く、色づきました。
お妃さまはそれを見て、恐ろしい悲鳴を上げました。
「おぞましい子だわ。父の血を吸うなんて」
「お妃よ、そうではないのだ。私の血はいまや、木苺の汁なのだ。それを木苺の精霊が望んだのだ。だから」
「それ以上、言うのはやめて、そんな、恐ろしい子!私の子ではないわ」
そう言ってお妃さまは倒れ、そのままベッドに臥し、そのまま衰弱して死んでしまいました。薔薇の精は憎々し気に王子を睨みます。
王様は悲しい顔をしました。だって、王様はお妃さまを愛していたし、木苺も愛していたのです。
全て、嫌いになれないのです。
それから、王子はすくすくと育ちました。とても愛らしい子です。銀糸の髪は風に揺れると、まるで空気に水の波紋を浮かべるよう、緑の瞳は新緑の色、白磁の肌は誰にも汚せない、頂上の白。唇は真紅の薔薇です。美しい王子は薔薇を愛しました。お母さまが薔薇が好きだったと薔薇の精が言ったからです。にっこりと笑って薔薇の精が薔薇園に誘い、真っ白な王子の胸元に薔薇をさして言うのです。
「お妃さまは薔薇を一番愛しておられました。だから私は貴方様を愛しています」
「そう、僕も好きだよ。薔薇の精。でもね」
そう言って王子が恥ずかしそうに薔薇園のすみっこに走っていき、その隅っこでうずくまり笑うのです。
「僕が一番好きなのはお父様、お父様が一番大好きなの」
その、王子が座っている場所は、王様がよく好んで座っておられる場所でした。以前木苺が植えられている場所でした。
王子は、王様の血液以外、体に食べ物を入れることを好みませんでした。
ただ、街や村に、最早野生になって群生しているのが当たり前の木苺だけは彼のお腹を満たし、喉を潤すことができるのです。
街や村に生えた木苺は、いつの間にか城壁すら覆いました。大きな大きな城壁は緑の葉と、とげのある蔦で囲われています。
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