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8月×日12時46分、A子はC駅で地下鉄を下車した。C駅は各駅停車しかとまらない小さな駅で、時間帯が時間帯だからか、閑散としていた。
北口改札を抜けると、こぢんまりとしたロータリーがあって、通知書に書かれていたとおり車が待機していた。黒塗りのその車には、真夏の太陽の光があたって、いちだんと艶やかに輝いて見える。ガラスにスモークがかかっているせいで、外からはどんな人物が乗っているのかわからなかった。
A子は不安がまったくなかったわけではなかった。でも、テレビでは間違いなく報道されていたのだし、周囲の人間も詳しいことはわからないまでも、速報があったことは知っていたのだ。
そもそも、この通知を受け取った事実そのものを口外してはならないのだから、人々が多くを語らないのは当たり前のことなのだ。選ばれた人間だけが手にすることができる権利だと知ったら、通知が届いていない人間は憤慨するに違いない。
混乱を避けるためというのは、理に適ったことなのだと、A子は思った。そして、自分に言い聞かせた。「だから、大丈夫」と。
A子は、つばの大きな白い帽子を頭に乗せてから、ゆったりとした足取りで車に近づいていくと、すっと扉が開いて、紺色のスーツを着た30代半ばぐらいの男性があらわれた。
男は近づいていくA子に向かって深く頭を下げると、後部座席の扉に手をかけた。
「ようこそおいでくださいました。どうぞこちらへ」
A子は通知書を提示しなくても自分の存在に気づいてくれ、なおかつ、手厚く迎えてくれたことに驚いたが、すぐに、自分が“選ばれし人間”であったことを思い起こした。
「どうも」
A子は会釈することもなく、小さく声を発し、後部座席に乗り込んだ。
パタンと扉が閉まった。誰かに扉を閉めてもらうのは、A子にとって初めて経験だった。
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