忘れられた扉

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 男は運転席に座ると、振り返り、A子に向かってこう告げた―― 「これからトワノヤカタという場所に向かいます。車で20分ほどで到着いたします。その後のご案内は、現地の係員よりさせていただきますので、よろしくお願いいたします」 「わかったわ」  A子の返事がすむと、すぐにエンジン音がとどろき、車は滑るように走り出した。  前へ前へと休むことなく進んでいく車。ベルトコンベヤに乗せられているみたいにスムーズで心地いい。  この先に待っているものは、美しさと永遠の命を保障してくれる魔法の媚薬。わたしがずっと欲しかったもの。探していたもの。もう少しすれば、確実にそれが手に入る。  探し求めていた媚薬を手にしたときのことを想像するたびに、A子の高揚感は募ってゆく。  車窓の向こうを流れゆく山深い景色。広大な青空には雲ひとつない。あらゆるものが自分を迎えてくれているようで、壮大な気持ちにさせられるA子。  20分ほどたった頃、車の速度が弱まり、巨大な鉄門の前で止まった。門の両脇には高さ3メートルほどの頑丈そうな黒いフェンスがのびていて、そのフェンスに囲まれた広大な敷地の奥のほうに、長方形のグレーの建物が見えた。  少しすると、鉄門の中央にすきまができて、ゆっくりと横に動いた。両側にひらききると車が動き出し、敷地内へと入って行った。  石畳のうえを進んでいくにつれ、目に映るグレーの建物がだんだん大きくなる。コンクリート打ちっぱなしの近代的な建物は3階建てぐらいの高さはありそうだが、窓がないせいで、実際は何階建てなのか判別できなかった。  後部座席の扉があくと、むわっとした熱気が流れ込んできた。  車から降りると、建物の入口には既に案内係が立っていた。運転者と同じく、紺色のスーツ姿だが、近づいてよく見ると、それは人間ではなく、人間のかたちをしたロボットのようだった。 「オマチシテオリマシタ(お待ちしておりました)」  無機的な声に続いて、 「それではわたくしはこちらで失礼いたします」  運転者の男の声が背後から耳に届いた。 「どうも」  A子は上半身だけ後ろに向けて軽く会釈をすると、運転者は深く頭を落としてから、ふたたび車に乗り込んだ。次第に遠ざかっていくエンジン音を背中に聞きながら、A子は建物の正面玄関に向かっていた。
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