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「ねぇ、覚えてる? 私たちのはじめての出会い」
「もちろん覚えているよ。大学のサークルだったね。天文サークル。よくみんなで山に登って、星を見たね」
女の言葉に、男が答えた。
「ねぇ、覚えてる? あなたの告白の言葉」
「もちろん覚えているよ。星を愛するきみを愛してる。輝く夜の美しい人。僕と付き合ってほしい。今思うと、すごく恥ずかしい言葉だね、これ」
「私はこう返したわね。星を愛するあなたを、私も愛してる。夜の星の優しき人。よろしくお願いしますって。フフッ。なんだかおもしろい応えね」
女は、輝夜は夜空を見上げた。小高い丘になっているこの公園は、遮るものがなにもない。満天の星空を見ることができた。
「ねぇ、覚えてる? あなたが同棲しようって言ってきたとき。あなたったら、顔を真っ赤にして。きっと太陽と同じくらい真っ赤だったわよ」
「もちろん覚えてるよ。恥ずかしいから、できれば蒸し返さないでほしいなぁ」
輝夜は左手を空へ掲げた。左手の薬指には銀色の結婚指輪がきらりと光る。
「ねぇ覚えてる? ……あなたが星になってしまったこと」
「……」
輝夜の言葉に、男は黙りこんだ。輝夜はただ空を見上げたまま続ける。
「星の夜で、星夜。あなたは名前のとおり、夜の星のひとつになってしまった。でも、星になるのは、もっともっとずーっとあとでもよかったんじゃない?」
「ごめん」
輝夜の目尻から、涙が零れる。
「どうして、星夜は逝ってしまったの? どうして、星夜じゃないといけなかったの?」
星夜は交通事故だった。信号を渡っているときに、暴走車に轢かれたのだ。何人かが同じく巻き込まれたが、亡くなったのは星夜だけだった。
今、輝夜のそばにいる星夜は、人には見えない幽霊だった。当然、輝夜も星夜が幽霊となってそばにいることは知らない。
輝夜は顔をおおって泣き続ける。
「私たち、ようやく一緒になれたのに。結婚生活はこれからってときだったじゃない」
「……ごめん。本当に、ごめん。おいていくことになって、ごめん」
輝夜はお腹にそっと手をあてる。
「星夜に、伝えなきゃいけない、大事なこともあったのに」
「まさか」
星夜の目が、見開かれる。
「ねぇ、星夜。そばにいる? 実はね、私たちの赤ちゃん、ここにいるんだよ」
「そ、そんな、本当に……」
星夜はさわれない手で、輝夜のお腹を優しく撫でた。
「ここに、俺たちの子どもが……」
「星夜。私、頑張って生きるよ。星夜のぶんも、この子のためにも。この子は星夜が残してくれた、宝物だから」
輝夜は涙をぬぐった。その顔は、母親の顔をしていた。そんな愛しい妻を見て、星夜は目を細める。
「だから、星夜は見守っててね」
「輝夜……。あぁ。俺はそばにいるよ。見えないだろうけど、声も聞こえないだろうけど、ずっとそばにいるから。見守ってるから」
「さぁ帰ろう」
輝夜は立ち上がった。
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