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幼馴染みの真梨奈が結婚すると聞いたのは、つい一週間前の事。
相手は年下で都内の大手AI企業で働いているらしい。
「そうか……。おめでとう。あのさ、真梨奈……。」
前祝いとして食事に誘った。予約したお店は、いつぞやの雑誌に載っていたフランス料理店。お洒落で品のある内装に真梨奈は目を輝かせていた。
……プロポーズもこんな洒落た店でされたのかな、なんて。いや、何を考えているんだ。あの色恋沙汰とは無縁だった真梨奈が結婚するんだ。おばさん達も喜んでいるだろう。祝福しなきゃ。その為に食事に誘ったんだ……。
「……。」
外に出せず飲み込んだ言葉は、心に暗い影を落とす。それでも注がれたワインを口にすると、アルコールで多少気を紛らわせる事が出来た。
一息吐いたところへ運ばれてくるコース料理。美味しい料理に舌鼓を打ち、真梨奈と子供の頃の思い出話をするにつれ、暗い気持ちも和らいでいった。
思えば彼女にはたくさん助けられてきた。小学生の時、怖い犬がいる家の前を手を繋いで歩いてくれた。中学生の時、クラスメイトと喧嘩になったところを身を挺して止めに入ってくれた。高校生の時、陸上の大会で目一杯声を上げて応援してくれた。別々の専門学校に入っても家族ぐるみで仲良くさせてもらったり、一緒に出かけたり。ずっと、ずっとこの関係が続くと思っていた。
時系列を追うように話が進むと、婚約者の名前が出てきた。胸にチクリと痛みが走り、黒いモヤモヤと隠していた感情が姿を現す。
真梨奈が好きだ。
今まで何度も浮かんだ感情。その度にあり得ないと誤魔化してきた。怖かったんだ。今の関係性が壊れるのが。幼馴染みで、友達で居られなくなるのが怖かった。
……今、この気持ちを伝えたら真梨奈はどう思うだろうか。軽蔑されるか……困る、だろうな。でも……。この恋は叶わない。叶わないからこそ、伝えたかった。ちゃんと伝えて、初恋を終わらせたかった。
「真梨奈…!あの、さ……っ!」
勇気を出して俯いていた顔を上げる。と、首を傾げた彼女と目が合った。
「どうしたの?」
そう尋ねてくる真梨奈。真っ直ぐな瞳に見つめられ、錆び付いたように口がうまく動かなくなる。言え。言うんだ。前に進むためにも、「ずっと好きだった」って!
……あたしは、言えなかった。
「っ。お……お幸せに。」
「っ!うん!ありがとう、杏子!」
精一杯に笑顔を作り、口から出たのは祝福の言葉。真梨奈は目に涙を浮かべ、大好きな笑顔を向けてくれた。
食事を終えたあたし達は、店を出て互いに別れの言葉を伝える。
「それじゃあ、またね。杏子。」
「うん、またね。真梨奈。」
あたしは軽く手を振り、歩き出した真梨奈の背中を見つめていた。結局言えなかった。言えるもんか。あんな幸せそうな顔して、笑う彼女に言えるもんか……。
自分の気持ちに嘘を吐いてでも、彼女を悲しませる事はしたくない。……いや、それは言い訳だ。きっとあたしは今でも、真梨奈に手を引かれていた頃と変わらず、臆病なままなんだ。女の子を好きになってしまった自身を恐れて、気持ちを伝える事に臆して。そして今日、臆病なあたしは一番大事なものを失った。心にぽっかりと大きな穴が空く。
「……っ。う、うぅ……!」
視界が滲み、張り裂けそうな気持ちが涙となって目から溢れた。こんなに辛いなら、叶わないって分かっていたなら恋なんてしなければよかったのに。それでも好きだった。大好きだった。
止まらない涙。目を擦り、重い足取りで家路に着いた。
さよなら。あたしの初恋。
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